FC2ブログ

処士策論

「処士」(しょし)とは、仕官していない人、民間の人、在野の人のこと

坂の上の雲と司馬遼太郎とNHK

今年の1月(年明け)に、NHKの番組についての記事を書きました。

その頃はまだ、今のように一か月間に数回ほどの記事を書く事もなく、すっかり
“ブログ休止”のような状態であった訳ですが、震災直後あたりの記事でも書きました
ように、震災をきっかけにして、なし崩し的に現在のような“ブログ再開”の状態に
至っています(それでも最近はやはり忙しくて、週末以外はほとんど書けないような
状態ですが)。

その1月に書いた記事の後半のあたりで、司馬遼太郎の『坂の上の雲』、特に
NHKのスペシャル大河ドラマの方について、多少書きました。
(2chのNHK板に自分が立てたスレに書いたものを、このブログにも内容を
コピペして転載したものです)

(以下、抜粋転載)
あと補足として、「坂の上の雲」と「司馬遼太郎」について書いておく必要がある。

坂の上の雲については、この年末に第二部を放送していたので、皆にも馴染みがある事と思う。
ちなみに過去スレのテンプレでも書いていたが、坂の上の雲も実は「プロジェクトJAPAN」
の一貫であり、同じく3年計画のドラマである。その関連性については、過去スレで何度も書いた
けれども、最近のNHKの傾向について、新たに思う所もあるので、少し指摘しておきたいと思う。

今回の「第0次世界大戦~」の番組の冒頭でもNHKは「坂の上の雲と司馬」について触れていた。
それはもちろん番宣の意味合いもあるのだろうが、だからと言ってNHKが「坂の上の雲と司馬」
について好意的であるという事は全くない(商業的に利用するという面では好意的だろうが)。
「坂の上の雲と司馬」がこの反日シリーズのガス抜き要素として使われるという事を過去に書いたし、
また実際には、そのガス抜き要素さえも「骨抜き」にされる、とも書いた。

「民主党的なるサヨク路線=今のNHK」という図式は今もって全く変わってない。

このサヨク的な人達は、今も昔も「坂の上の雲と司馬」が大嫌いである。NHKは、昔はそうでは
なかったが、現在はハッキリと「坂の上の雲と司馬」が大嫌いな路線を驀進している。
(続く)

331 1 New! 2011/01/02(日) 03:45:05 ID:7BRqQ+uT
(続き)
坂の上の雲の事については、とりあえず横に置くとしても、司馬遼太郎個人についての思想性、政治
性については、人それぞれの認識の違いはあると思う。左からは右翼に見え、逆に右からはサヨクに
見えたりもする。

しかし一言で簡単に言うならば、司馬の思想性、政治性についての部分はともかくとしても、司馬が
抱いていた歴史や歴史上の人物へのコダワリというものは、それらに対する最低限度のリスペクト、
または愛情を踏まえた上でのコダワリであって、サヨクがよくやる「平気でそれらをないがしろにして
プロパガンダの為に利用する」というのとは、全く次元の違うものである。

今NHKがやっている事はまさに、そのサヨクのやり口そのものである。これは坂の上の雲に限らず、
最近の大河ドラマ全てについても言える事である。だからドラマの中身が坂の上の雲の原作とは
完全に乖離して、ただの歴史ホームドラマ、ただの「妻想いの主人公」のドラマ、になってしまい、
命懸けで闘ったとか、必死に将来を切り開いたとか、国や郷土の誇りになったとか、そういう要素は
完全に排除されるのである。

まあ何と言ってもテレビ自体が「女子供、及び情報弱者を狙った洗脳道具」としての機能しか持ち
えない今の日本のマスゴミ状態では、そんな風になるのが当然と言えば当然なんだけれども。
(以下略。以上、抜粋転載終了)




12月4日の日曜日から、NHKの「坂の上の雲」第三部が放送される。
三年かけて放送されたこのドラマも、今回のシリーズをもって、ようやく完結とあいなる。




実は自分は歴史オタクである。
と言っても、生粋の歴史オタクという訳ではなく、数あるオタク趣味の内の一つといった所
なのであるが、昔から歴史については嫌いな方ではなく、高校時代は“世界史”が一番得意
な科目であり、かなりハマっていたものだった。学年でトップの成績を取った事もあります。
(“世界史”についてのみの話ですがw)

その後は普通に歴史に触れる程度だったが、社会人になってからは特別、歴史についての
知識を得るというような事はなくなっていった。ちなみにNHKの大河ドラマについても、
じっくりと見るような事は(子どもの頃からも)特になく、歴史についての関心も、当時は
その程度のものだった。


歴史の本を読んだり、歴史のドラマや映画を見たり、再び歴史に興味を持つようになったのは、
ここ数年の事である。
今年7月18日の「なでしこ金メダル」の記事で、自分が昔W杯サッカーにハマっていた事、また
9月18日の「フジテレビデモ、NHKデモ」の記事で、国旗国歌について以下のように書いた

(以下、抜粋転載)
日本人の「サッカー代表」への気運が盛り上がり始めたのは94年アメリカW杯予選における
「ドーハの悲劇」から、98年フランスW杯、02年の日韓W杯あたりが最高潮であったと
思うが、個人的には自分の思想的な変化も、その頃から「左から右に」移り始めた。
正確には02年の日韓W杯あたりが、ネットなどを使った自発的な情報収集やネットでの
討論による「自我の変化」のターニングポイントであったと思う。

そういう人は自分以外にもおそらくかなりいると思う。少なくともその頃からネットに
触れている人物であるならば。このあたりの詳細については語り出すとキリがないし、
詳細は述べないが、この手の話については西村幸祐氏がかなり詳しいし、彼によって
桜では何度か語られた事もあったと思う。

要するに、日の丸の旗を振る事は、サッカー代表戦などでも既に完全に定着している
「既視感のある風景」ではないですか?という事である。
(以下略。以上、抜粋転載終了)


そのサッカーの件と歴史を同列にするという訳ではありませんが、

きっかけがインターネット

という点では、まあ「似ている」と言えなくもない。


今は昔と違って、ウィキペディアなどで簡単に、歴史についてはもちろんの事、それに
まつわる本、昔の映画やドラマなども簡単に知る事ができる。(まあWikiを利用するように
なったのは、ここ3、4年くらいの事で、それまでは2chや他のネットサイトで歴史の
事を調べていた訳ですが)


そんな訳で、かなり後発の部類に入ると思いますが、今現在、自分は歴史オタクになった。
その事は、この“自分のブログネーム”にも表れています。
お気づきの方は、とっくに気がつかれているとは思いますがw
(※自分から詳しく解説するとヤボになりますので、細かくは書きませんが、興味のある
方はネットでちょっと調べていただければ、多分すぐにお分かりになると思います)



ジャンル別で言うと、(それはブログネームにも表れてますが)自分が得意としている
歴史のカテゴリ
は、
『幕末、明治、及び近現代史』
である。
高校生の時に世界史を得意としていた事もあってか、日本の幕末、明治に限らず、世界史
的なその時代(近現代史)にも、かなり興味を持っています。

といっても、歴史の一次資料や原文にあたったり、わざわざ史跡を訪ねたりする程の
剛の者ではありません。一般的に世の中に流通している情報(本やドラマなど)を中心に
知識を蓄積している程度のものです。



実は小説としての歴史の入り口は、自分は「司馬遼太郎」なのです。
司馬遼太郎が書いた『幕末、明治、及び近現代史』モノは、ほぼ全て読んでいるはずです。
細かいモノまで含めても。

「じゃあ司馬遼太郎のファンなのか?」と言われると、別にそれほどの愛着がある訳でも
ないし、必ずしもその歴史観に共鳴しているという訳でもないので、そのへんはちょっと
複雑なのですが(長年親しんできた訳でもありませんし)。
とにかく「小説としての歴史の入り口」として、入り易そうだったので、とりあえずそこ
から入ってみて、実際「それ程悪い入口でもなかった」とは思ってますが。

司馬小説に対する感想としては、冒頭の今年1月の転載記事の部分で多少触れていますので、
ここでは敢えて書きません。



NHKの大河ドラマについて。
これも「ドラマとしての歴史(この場合、幕末明治の時代の事を指す)の入り口」としては、
それ程悪くはないです。
ただし、21世紀に入ってからのモノは、除くものとする。

先に書いたように、自分は元々、毎週NHK大河を見るという習慣がほとんどなかったので、
ここ数年(約10年ぐらい)に、レンタルビデオやCS放送などで、あらためて“まとめ見
して内容を確認している。


「ここ数年のゴミのような大河ドラマ」と比較して、昔の大河ドラマは良い。
それは脚本だけに限らず、役者や制作スタッフ達の能力や意気込みについても、今と比べて
格段の差があるのだから当然の事だろう。

実は自分は2ch大河ドラマ板でも何度かスレ立てした事がある程なので、このあたりの
事を詳しく書き始めると時間がいくらあっても書ききれないので、今回はハショリます。



『坂の上の雲』(ドラマの方)について。
この事についても、冒頭の今年1月の転載記事の中で書いている感想で、概ね言い
尽くしてますが、このドラマに対するNHKやサヨクの姿勢は明白である。

NHKは自ら放送するこのドラマに対して、腫れ物に触るような態度で、常に格段の
配慮”を欠かさないようにしている。

その“配慮”とは?

もちろん、サヨクや中国(ちょっとだけ朝鮮にも)に対する“配慮”である。


「そんな超消極的な姿勢でドラマを作るくらいなら、最初からヤんなきゃいいだろ?!」
って所なのだが、ネットで調べればすぐに分かりますが、この『坂の上の雲』のドラマは
延期に延期を重ねてようやく制作に入ることができたという、いわく付きの作品である。

3年間もかけて分割して放送するというやり方自体も、異常な放送形態だが、実際に放送
する段階に入ると、政権は“民主党政権”になってしまっていた。
(※“民主党政権”とNHKの放送姿勢、特に完全に時期を一にしている『プロジェクト
JAPAN』
=反日プロパガンダ番組については、過去に何度も書きました)


ここ最近のNスペが「証言記録」とかいうNHKお得意の(特に8月のNHKがお得意な)
「被害者が悲惨だ、かわいそう」的な厭戦プロパガンダ番組を放送するのは、例の『プロ
ジェクトJAPAN』関連の“開戦(=真珠湾攻撃)70周年”に関係付けているのか、
それとも『坂の上の雲』のドラマの方に配慮しての事か分からないが、このドラマの
放送と時期がかぶっているのは偶然ではないだろう。

実際のドラマの中でも、第4話の「日清開戦」での媚中改悪、その後の朝鮮絡みの部分
での改悪(原作に無い改悪)など、目に余る部分は多々あったけれども、それ以外でも
NHKが時々放送している5分間番組『“坂の上の雲”明治の夢・歴史の今』の中などで
サヨクや中国に徹底的に媚びた内容の放送をしている。

具体的には「このドラマは日露戦争における日本の活躍を称賛している訳ではありません
よ」的な言い訳めいた解説や注釈を必ず挿入していたり、またその5分間番組の対象と
なる舞台には、現在の中国・満州地域の都市が選ばれる場合が多いのだが(実際、当時の
舞台の中心であるので、それはしょうがないとしても)、毎回わざわざ現代の中国人の
インタビュー
で、「今の中国人は誰もそんな事に(日露戦争に)関心を持っていません」
とか、「日本人向け商売の為に店を出してますが、最近は訪れる人もほとんどいません」
とか、その手の水を差すようなコメントを毎回挿入するようにしている。




21世紀に入ってからの(というか厳密には、2000年の『葵徳川三代』を最後に)NHK
大河の劣化ぶり
は相当なものである。

中でもここ3、4年(『篤姫』以降)の大河が特に悲惨な状態にあるのは、その同時期
放送される『坂の上の雲』に影響されているという見方もあるだろう。
予算的な面ではもちろんの事、それ以外の面、特に“思想的な面”でNHK大河ドラマの
お花畑度”がここ3、4年、格段にアップされたのも、『坂の上の雲』を放送する事に
対する“引き換え”として、そうなったという部分もあるだろう。

まあしかし、今回放送される『坂の上の雲』第三部が、その“引き換え”になる程
「硬派で骨太な作品」になるとは、到底思えないのだが。




最後に余談を一つ。
櫻井よしこさんはよく仰ってます。
「その国の歴史を知らない国民は、国民とは言えない。それくらい歴史は大切なもの」と。

たかが大河ドラマ。されど大河ドラマ
また司馬遼太郎の小説によって、幕末の歴史人物、特に“竜馬”などは、日本人の歴史
イメージの中に、完全に定着させられてしまっている。良くも悪くも。

歴史とは大切なものであり、また繊細なものでもある。
その歴史をないがしろにする態度を、常に取り続けている、あの サヨク 達も
実はその重要性、繊細さをよく理解しているので、ネットやその他様々なメディアを
駆使して「日本人から歴史を奪い去ろう」と必死に活動を続けている、という訳である。



ちなみに「幕末・明治の時代をいかに語るか?表現するか?」
こういう部分にも、その表現者のイデオロギーや“立ち位置・スタンス”を多少は
うかがい知る事ができる。

一昔前は基本的に「明治維新=ポジティブ。旧幕府=ネガティブ」という印象が強いが、
最近ではその逆の見方も、様々な形で打ち出されている。
一概に決めつける訳ではないが、その逆の見方をする人には、「サヨク的な人」や
反米的、及び鎖国論、攘夷論が好きな人」が結構多かったりする。

後者はともかくとしても、前者=サヨクがそうなる理由はいろいろとある。そもそも
日本の明治以降の“富国強兵路線”を全否定する事が理由としてあるが、それ以外にも
日本の大陸進出に大きな影響があった「長州閥」などの絡みもあり、薩長、特に
長州系はサヨクからは毛嫌いされる(安倍晋三さんがサヨクから猛烈にバッシング
されたのも、これに少しは関係があるかも?)。

いろいろな理由から福澤諭吉でさえ、サヨクから時々バッシングを受けるが(もちろん
例の“朝鮮絡みの発言”の影響もあるが、福澤が英米にかぶれていたという部分も、
媚中媚朝鮮サヨクが福澤を嫌う理由としてはある)、もっと最近叩かれ易い人物は
勝海舟”である。勝の場合は福澤以上の“英米の犬”という事と、維新後の栄達、
毀誉褒貶の激しい人物像のせいで、媚中媚朝鮮サヨクから狙われる事が多い。しかし
後年の勝の「東アジア重視、協調路線の意見」のおかげで、多少緩和されてはいる…。



ヤバイ。ちょっと軽い気持ちで「踏み込む」と、キリが無くなってきているw


今度こそ最後に。
青山繁晴さんは“幕末明治”について、よく「日本の青春時代」と仰ってますが、
自分としても、基本的には“幕末明治”についてはポジティブに受け取っています。

実は自分は“幕末明治”の中でも、特に“幕末外交”に関係する部分に、ここ数年
一番関心を持って本なども読んで、一種の“幕末外交マニア”になってしまっている
のですが、何かおもしろい本があれば、また読みたいなあと思っています。

青山さんが今度出される本「ぼくらの祖国」は、それとは別に、読みたいと思って
期待してます。



テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

坂の上の雲と司馬遼太郎とNHK・2

前回の記事で書きました『坂の上の雲』についてですが、この前の日曜日から放送再開と
なり、第三部が放送され始めましたが、第三部の初回「第10回:旅順総攻撃」視聴率は
12.7%
と非常に低調だったらしい。

(参考記事)坂の上の雲の平均視聴率は12.7%
http://tvmeter.blog.fc2.com/blog-entry-681.html

坂の上 最小
旅順タイトル新
坂上新 極小


しかしながら、自分としては『坂の上の雲』の視聴率が低かろうと高かろうと、
どうでもいい事なのだが、実はNHK自身としても、自分と同様に、
“視聴率”にはさほど関心は無いだろう
と思われる。



<大河ドラマと“視聴率”>
この問題について語らせてもらうと、自分はいくらでも語り倒す自信があります。
なにしろ長年2chで揉まれてきてますのでw

ちなみに2chの“大河ドラマ板”では常時、テレビ業界関係の工作員たちが大河
ドラマの“視聴率”が「どうしたこうした」と煽り立てて、“視聴率”の話を盛り上げ
ようと必死になって工作活動をしている。
これは2chが出来て以来、ここ数年ずっとそうだ。
もちろん2chの歴史自体がそれほど古いものではないのだが、厳密には2002年の
『利家とまつ』
の頃から、そういう風潮は始まっていた。その頃はまだ2chに大河板
などは存在せずに、まだ“時代劇板”に一括りにされていた時代だった。

この2002年の『利家とまつ』が、いわゆる“トレンディ大河”というか”ゆとり大河”
というか“スイーツ大河”のハシリとなった。
この『利家とまつ』の視聴率はかなり高い数字を出した。(平均視聴率22.1%)

NHK大河ドラマ|ビデオリサーチ
http://www.videor.co.jp/data/ratedata/program/03taiga.htm

tosimatu.jpg




まず最初に、NHKの番組で、“高い視聴率”
狙う意味が一体どこにあるのか?


民放ではないのだから、スポンサーから視聴率の成績を問われる事もない。
“多くの人の目に触れさせる”とか、“多くの人の注目を集める”とか、そのような商業
的な活動を行う事を誰からも求められていない。(と言うか逆に、やってはいけない)

そのような“束縛”から解放されて、“視聴率”などという、そのような一時の
注目やプロモーションなどを気にせずに、長い目で見て、後世にも評価されるような
中身の詰まった内容の番組を作る事こそが、公共放送には求めらているはずである。
(※仮に公共放送NHKによる“ドラマ製作”を認める事を前提に話をするとしても。
「NHKの存在意義」について書く際に、常に指摘しているが、自分は“ドラマ製作”は
税金でやるべきではないと思っている。ただし、“日本の歴史”に親しみを持ってもらう
為に作られる“歴史ドラマ”については、その限りではない)


Eテレ・教育チャンネルなどがまさにそうで、NHKまでもが「視聴率!視聴率!」
などと叫ぶのであれば、Eテレ・教育チャンネルなど止めてしまえば良いではないか。

などと2chで書いても、Eテレ・教育チャンネルもテレビ業界工作員達の利権の一部
なので、2chの奴らからEテレ・教育チャンネルと視聴率の関係性について、まともな
返答など一度ももらった事はない。


そもそもスポンサーと全く関係の無い“大河ドラマ”の掲示板で、「視聴率!視聴率!」
などと騒ぎ立てている奴が、一般視聴者であるはずがない。視聴者が“視聴率”などを
年がら年中騒ぎ立てているはずがないではないか。

要するにあいつら(視聴率扇動工作員)は、テレビの下請け業界関係者のはずである。

テレビドラマ作りの下請けともなれば、民放もNHKも関係なく仕事をしている。
“視聴率”が直接関係してくるのは、こいつらぐらいのものである。スポンサーが絡まない
NHKの番組といえども、「視聴率が高い」という事は、連中にとってのステータス
しては役に立つのだろう。

こいつらが“視聴率”を気にする理由は、自分達の会社に関係する利権の為にあるのは
もちろんの事だが、理由はそれだけではない。

これまでのテレビ業界における絶対的な価値観=“視聴率”
世間一般的な価値としても世の中に認めさせておきたいから
そのように「視聴率!視聴率!」と煽っているのである。

番組の内容があろうが無かろうが、下劣極まりない内容だと言われようが、そんな事は
奴らにとってはどうでも良い。「視聴率さえ高ければ」という
そういう価値観を世間に押しつけていたいのである。
(※総理の首をすげ替える度に、「こんなにも高支持率になった!」と煽って民主党を
援護する
やり方と、全く同じパターンである。中身は空っぽなのに、一面的な数字だけを
評価基準に設定して国民を煽るやり方が)





自分はよくこのブログの中で、NHKによる洗脳・扇動の主な標的
「女子供と老人(情報弱者)である」
と書いている。
(※そしていつも書いているように、自分は決して女性を軽視している訳ではありません)

それはNHKに限った事ではない。テレビマスゴミ全体が、特に地上波は極一部
(=関西テレビ・ニュースアンカー)を除いて、全て“愚民化洗脳用の箱”であるという事は、
これまで散々書いてきました。



「視聴率が高い」という事は、要するにその“女子供と老人”の中から
どれだけ多くの関心を引き寄せる事ができたかどうか?

ただそれだけの事である。

だからこそ、“高い視聴率”を狙うという事は、
イコール、“女子供と老人”を狙うという事である。



今回の記事では“世間のテレビ離れ”についてまでは、深くは触れない事とする。
20代~30代の“テレビ離れ”が著しいという事は確からしい。
「テレビによる一億総白痴化」などという事は昔からよく言われていた事らしいけれども、
さすがに今のレベルは昔と比べてもトンデモないレベルにまで来てしまっているので、
気が付く人達はとっくに気が付いている訳ですよね、今のテレビ=“愚民化洗脳用の箱”
などという事は。




ここ十年ほどの大河ドラマの視聴率は、ほとんどコレ=“女子供と老人狙い”で説明
できる。この場合、“老人”というのは、主に“団塊世代”を指すものとする。またこの
人達が本当に“テレビが大好き”なんだよねえ、十把一絡げに括るのは気の毒かも
知れないですけど。


『利家とまつ』が高視聴率だった事は先に述べた。(平均視聴率22.1%)
これはその“ライト層狙い”が当たった事も大きいが、それに加えて“大河ブランド”がまだ
かなり大きな価値を保っていた時期でもあったので、その事も大きな要因の一つである。
「あのお堅い大河ドラマで、こんな軽い内容の物をやっているのか?」という、要するに
珍しもの見たさ”という注目の集め方である。

またそれまでの「大河ドラマの内容が(歴史が)難しくてよく分からない」という“敷居
をすっぱりと取り払ったので、それで“ライト層”が一気に流れ込んできたという事も
視聴率アップの要因の一つとしてはある。
この事は今回の『坂の上の雲』が低視聴率である事にも関係してくるが、それはまた後で
触れる事とします。



『新選組!』『風林火山』『龍馬伝』の視聴率が比較的低いのは(最近の中でも比較的低い
のは)、これらの作品が“女子供と老人(というか団塊)”狙いではなかったからである。
この3つは、どちらかと言うと「男性向け」「やや骨太」という作風であった。と言っても
2000年以前の本格大河作品と比べると、相当見劣りする程度のものだったのだが、これら
3つの作品はごく一部のファン=主に男性ファンや歴史オタ歴女含む)にウケはしたものの、
一般ウケ=“ライト層(特に一般女性)ウケ”するような作品ではなかったので、視聴率は
伸びなかった。(香取慎吾、Gackt、福山雅治を配しても、中身が男臭い内容ではダメだった)



『篤姫』は高視聴率だった。らしい。(平均視聴率24.5%)
atuhime ss


そもそも“視聴率”と、当たり前のようにその言葉を使っているが、この数字がどこまで
正確なものかは分からない。「その数字が正確な数字である」と裏付けるものは何も無い。
所詮はマスゴミ業界である。昔、視聴率調査に協力している家を探しあてて、視聴率アップ
の為に利益供与していたという事件があったが、全体のサンプル数も小さいし、小細工だって
いくらでも出来そうなものである。“地デジ”になれば正確な数字が出せるようになると
いう話を聞いた事があるが、あの話は実際どうなったのだろう?



話を『篤姫』に戻すと、これは基本的には『利家とまつ』のパターンと同じである。
狙いを“ライト層”に絞った事で視聴率は伸びた。
しかもこの時は“韓流”バリのマスゴミ一斉『篤姫』キャンペーンを展開した。ちなみに
これも“韓流”そっくりだが、“オバサン層”が視聴者層としてなだれ込んできた事も
視聴率アップに貢献した。ちなみに主役はサヨクマスゴミから、また韓国や在日方面から
もてはやされている“宮あおい”である。

お話の内容は、よく2chで「昔の少女マンガみたい」と評されていたが、なにしろ脚本が
今年の『江』を書いた田渕久美子である。宮尾登美子の原作があると言っても、脚本がアレ
ではどうしようもない。



『天地人』も、視聴率は良かったらしい。(平均視聴率21.2%)
tenntijin ss


これも路線としては、もろ“ライト層狙い”の内容である。
2chやニコニコでは「脚本家(=小松)をクビにしろ!」という声をよく目にしたものだ
が、これも作品内容は“スイーツ大河”“ゆとり大河”の名前に恥じない、見事なまでの
スイーツ全開の内容”であったらしい。

ちなみに自分は『天地人』は最初の2話まで、『江』に至っては一回たりとも見ていないので
作品の内容はよく知らないのだが、2chやニコニコの話を見ている限り、「相当なもの」
だったらしいですね。

よく「だから女なんかに大河の脚本を書かせるな!」とか、そういう発言を目にしますが、
確かに田渕や小松は問題外なんですけど、昔の“本格大河”でも、女性の脚本は結構
あったりします。
『花神』『国盗り物語』(どっちも司馬原作だな)は大野靖子さん。
『徳川家康』『翔ぶが如く』は小山内美江子さん(この人は“(憲法)九条の会”の人
らしいのだが、そこそこ骨太な内容の脚本を書きます)。
という事で、性別じゃなくて個人の資質の問題ですよねえ。


この時点までは、一応“ライト層狙い”が功を奏して、なんとか高視聴率だった。らしい。


しかし今年
もうその手法も通用しなくなった。

大河「江」平均視聴率は過去10年でワースト3位、17・7%
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/111128/ent11112810430006-n1.htm
(本文は割愛します)


“ライト層”でさえ見捨てる程のどうしようもないゴミ内容のドラマだったらしいが、
視聴率の低下には、もう一つの重要な要因がある。

それは“大河ブランドの摩耗”である。
簡単に言うと「飽きてしまった」という事になるが、先に『利家とまつ』の所でも書きました
ように、「あのお堅い大河ドラマで、こんな軽い内容の物をやっているのか?」というパターン
は、大河のブランド価値が生きていてこそ通用するパターンなのであって、そのブランド価値が
擦り切れて使い物にならなくなってしまえば、もはやそのパターンは通用しなくなる。
要するに、安易な“大河ブランドの安売り”をした事による“大河ブランドの陳腐化”という
事です。


これは自分が2chの大河板で、過去に繰り返し書いてきた事でもある。
そんな目先の“物珍しさ”など、何年かそのパターンを繰り返して、それが一般的になって
しまえば、“大河ブランド”は消耗して、見る影も無くなってしまうだろう、と。


今の時代、「大河ドラマの内容が(歴史が)難しくてよく分からない」という“敷居”を、
少しは下げる事も必要かも知れない。しかし下げ過ぎる事は良くない。結局ドラマの中身が
しっかりとしていない事には、そういう“ライト層”を歴史ドラマの固定客として引き入れる
事はできない。
もちろん、朝ドラのお話のような内容で“戦国コスプレ”をやっているだけという“学芸会
では、お話にならないだろう。大河ドラマはあくまで“歴史”が中心になってこその
大河ドラマ”なのだから。





さて、ここまで書いてきて、ようやく今回の本題である『坂の上の雲』の“視聴率”
について、である。

ここまで、“大河ドラマと視聴率”についての、総論じみた事を書いてきた。

自分自身が冒頭で、「『坂の上の雲』の視聴率が低かろうと高かろうと、どうでもいい
と書いた理由は、この『坂の上の雲』というお話を真面目にドラマ化して、それでいて
「高視聴率を取る」などという事は、そもそも不可能であるからだ。

なるほど確かに自分のお気に入りのお話、お気に入りの時代背景の作品が高視聴率を
取れば、それはそれで嬉しい事なのかも知れないが、そもそもそんな事は不可能である。

10年、20年前にドラマ化されていればまだしも(というか司馬さんが亡くなったのが96年で、
生前司馬さんはこの作品のドラマ化には絶対に許可を与えなかったらしいので、20年前に
ドラマ化できる訳は無いのだが)、日露戦争の知識を自然と身に付けている人達は、今の時代
では、かなりの少数派であるに違いない。
例えば、古くは『明治天皇と日露大戦争』『日本海大海戦』、やや時代は新しくなって
(それでも1980年=31年前だが)『二百三高地』などの映画を見た記憶のある人間などは、
極少数派であろう。『坂の上の雲』の小説を読んだ事のある人間も、40代以下では、おそらく
極少数派であろう。

かく言う自分も、10年前には、ほとんど日露戦争や秋山兄弟の知識などは身に付けていな
かったのだから、他人の事をとやかく言えたものではない。


sakakumo s
そもそもが、絶対的に“敷居の高い”歴史ドラマなのである。この作品は。


しかも3年間、飛び飛びの変則的な放送の仕方のせいで、一年前のストーリーの事など
憶えている人間がどれほどいると思っているのか?NHKは。
(自分も今回、当日になって1年前のストーリーを見直したわw)

その3年間の内に、予備知識を勉強して、ドラマに挑戦する人も何人かはいるかも知れない
が、そういう稀有な人達は、“ライト層”と比較すれば、所詮は極々僅かな人数である。


以上のように、『坂の上の雲』という“高い敷居”を越えてくる人の絶対数が、
「まず少ない」という事がある。



そして次にNHK側のスタンスである。
NHK自身も「“視聴率”の高低にはあまり関心は無いはず」と、冒頭に書いた。
前回の記事で、

(以下、抜粋転載)
「そんな超消極的な姿勢でドラマを作るくらいなら、最初からヤんなきゃいいだろ?!」
って所なのだが、ネットで調べればすぐに分かりますが、この『坂の上の雲』のドラマは
延期に延期を重ねてようやく制作に入ることができたという、いわく付きの作品である。
(以下略。以上、抜粋転載終了)


と、書きましたが、NHKは元々『坂の上の雲』というドラマを作る事自体に、及び腰
部分が多々ある。
製作予算をつぎ込んだり、時々番宣をやったり、実力派俳優を多数つぎ込んだり、それなりに
力を入れているように見受けられる部分もあるが、要所要所で、見事なまでに“腰を引いて
力を抜いている。


それはそもそも『坂の上の雲』、というか“日露戦争のドラマ”そのものが、“サヨク
イデオロギー
”が黙って見過ごす事のできない、思想的に、政治的に“やっかいな代物
であるのだから、当然の事だ。



NHKの『坂の上の雲』に対する製作スタンス
それについては、個人的に追及したい部分が(先日の第三部「第10回:旅順総攻撃」に
ついても)かなりあるのだが、これは『坂の上の雲』や、または“日露戦争のドラマ”に
対して期待していた多くの視聴者=“自分のような人間”=“歴史オタク”が感じているで
あろう“欲求不満”でもある。
“敷居を越えて来ていない人達”=“ライト層”の人達が、その歴史の難解さ故に、この
ドラマから脱落するのはともかくとしても、その“敷居を越えて来た人達”=“歴史オタク”
までをも脱落させるという製作スタンスをNHKがとっているので、「そりゃ視聴率も
(ますます)上がらないだろーよ」
という感じです。


その具体的なNHKの製作スタンスについては、また後日にでも。


まあ俳優陣や製作スタッフの一部は“やる気十分”なのだろうが、NHK本体は(悪い
意味で)全然視聴率なんか取ろうとも考えていないし、また『坂の上の雲』が低視聴率で
あれば、2chのテレビ業界関係の工作員達も(こいつらはホントにNHKを擁護するのが
好きだけどw)『坂の上の雲』叩き、及び(低視聴率の)レッテル貼りに利用もできるので、
サヨクさん達にとっても好都合である。


“視聴率”と“ドラマの内容”などは、今の時代はそれほど密接にはリンクしない。

そう書くと、「視聴率こそが絶対の正義!」と書いている2chの業界工作員達は
「じゃあ『独眼竜政宗』『武田信玄』が高視聴率だったのは(平均視聴率39.7%と
39.2%)作品の質とは関係なかったんだな?」
などというアゲ足取りをやって難癖をつけに来るのだが、内容のデキも良く、視聴率も
高いという、そういうバブルの時代がかつてあっただけの事だ。しかもその直前の
“近代三部作”(84年~86年)の反動という要素もあった訳で…。


あ~あ。やっぱり“視聴率”の話だけで、長々と一本丸々かかっちゃったよw
次回、続きの回ではもっと真剣な「歴史のお話」をする予定です。





最後に、全然関係の無いネタを一発だけ。

国会では、「28サンチ榴弾砲(りゅうだんぽう)」ならぬ、
「西田砲」が今回も炸裂!!

H23.12.06 参院予算委・西田昌司『野田総理、蓮舫大臣の怪しい献金』
http://www.youtube.com/watch?v=tCV45a9F2tc




H23/12/06 参院予算委・西田昌司【野田R4のどす黒い闇 解散総逮捕だ!】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16358216




NHKが7時、9時のニュースで完全スルーした事は、過去の記事でも同様の事は
何回となく書きましたが、今回も同様でありました。

今はかなり民主党も崖っぷちのようだから、NHK及びテレビマスゴミは、ミンスの
闇(社会からの)献金
については、隠ぺいするのに必死ですわなw


テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

坂の上の雲と司馬遼太郎とNHK・3(まとめ)

今回は真面目な歴史のお話です。かなりの長文です。

この記事を書いたのは、12月11日(日)第11話「二〇三高地」を見る前日の事です。
  第11話「二〇三高地」についての感想は、記事の一番最後の所で『追記』として
  書いておきました。)


まず最初に、
我々にとって「日露戦争」とは
一体どういうものであるのか?

この事から考えていきたいと思います。

しかしあらかじめ予告しておきますが、今回の記事では、『坂の上の雲』のストーリー
ネタバレも、全く“お構いなし”で書くつもりですので、その辺はご了承下さい。


“『坂の上の雲』のネタバレ”と言っても、まずなにより、NHKのドラマの方の
ストーリーと、原作である司馬さんの小説とは
全くの別物です。


それはNHK自身もちゃんと自覚していて、エンディングの部分で
原作
原作より
<原作「坂の上の雲」より>と書いて、しっかりと“言い訳”をしている。

原作「坂の上の雲」>ではなくて、さりげなく「より」と挿入して、「決して原作
そのまま
のストーリーではありませんよ」と“ことわり”を入れている。


原作の『坂の上の雲』は、基本的に“日露戦争の描写”がストーリーの中心で、確かに
ドラマ同様、秋山真之・好古兄弟正岡子規がストーリーの中心人物として描かれては
いるが、それは「序盤だけ」である。

子規は前半、というか全体の三分の一にも満たない段階で死去。その後は全く出番が無い。
(ドラマの方は、全13話中、第7話の「子規、逝く」まで、随分と引っ張ってるけど)

2つ前の記事でちょっとだけ触れました、あの“媚中回”として悪名高い「第4話:日清
開戦」
について、実は原作では“日清戦争”の描写にはあまりページを割いていません。
あくまで主題は“日露戦争”の方なのですから。わざわざあんな原作を冒涜するような
媚中配慮”なんかを強引に盛り込むくらいなら、原作通り、もっと描写を簡素化して
さっさとスルーすりゃ良かったのに。
この“恨み節”については、後で詳しく触れるつもりです。

また先週、今週と、ストーリーの舞台となっている“旅順総攻撃、二〇三高地”については
実は原作ではこの部分が、司馬さんが一番力を入れて書いている場面である。その主役は
児玉源太郎であり、更に、その陰(負)の部分は全て乃木、というか伊地知幸介に背負わ
されている。この辺りのストーリーには、秋山真之・好古兄弟はほとんど出番が無い。

もちろん最終盤には“日本海海戦”へと至る、最後のクライマックスも用意してはあるのだ
けれども、旧陸軍に属していた経験のある司馬さんは、自分のコダワリとして“旅順総攻撃、
二〇三高地”にこそ、一番力を入れて書いたものと思われる。

なんにしても、司馬さんの原作は“日露戦争の描写”が中心なのであって、ドラマのように
秋山真之・好古兄弟と正岡子規(あと広瀬武夫)ばかりが描かれているという訳ではない。
またドラマでは真之の妻も度々登場しているが、原作では全然登場しない。そもそも原作
では女性キャラにはほとんどスポットは当てられていない。



いえね、別に、いいんですよ。ドラマが原作の通り、そのままやらなくても。
それで面白くなっているんであればね!


と言う訳で、ネタバレと言っても、ドラマと原作は全然別物なので、その点はあまり気に
しなくてもいいと思われる。原作は、ひたすら“日露戦争の描写”が続きますから。
同じく司馬さんの小説である『翔ぶが如く』の“西南戦争の描写”と同様に。

“日露戦争”そのものの、この先の結果がネタバレになる」?
そこまで行くと、さすがにどうしようもありませんねw
この際ですから少しは日露戦争の歴史を学ばれていった方がよろしいかも知れませんw
「日本海海戦では日本が勝ちます!」
というのがネタバレ扱いになってしまうようでは、今回の記事は全然先に進めませんw



え~、ようやく最初のテーマに戻れます。

我々にとって「日露戦争」とは
一体どういうものであるのか?


2つ前の記事の最後で書きましたが、青山繁晴さんがいつも仰っている
“幕末維新”の頃は「日本の青春時代である」というお話。

『坂の上の雲』のタイトルにもあるように、まさに“坂を駆け上がっていた時代”です。


あ~、そう言えば、2年半前の“プロジェクトJAPAN・JAPANデビュー(反日)
台湾番組
”の冒頭で、NHKが嬉しそうにアテツケて喋ってましたね。
(※ニコ動とyoutubeに自分が動画を上げてます。冒頭の2分頃からのナレーションです。
背後の暗~いBGMは、NHKの反日・厭戦・自虐プロパガンダには絶対に欠かせませんw)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6790086
http://www.youtube.com/watch?v=UXEX7XfFU9k&feature=channel_video_title
『1859年、JAPAN、世界デビュー。それから60年後、第一次世界大戦で戦勝国
となった日本は、世界の一等国に登りつめます。
しかし、1945年、太平洋戦争に敗れ、日本は焦土と化しました。
日本は、なぜ坂を転がり落ちていったのか?
開港から敗戦までの変遷をたどるシリーズJAPANデビュー。第一回のテーマは
アジアです』
(以下略。ナレーションのバックには、暗~いBGMを想定して読んで下さい)

NHKは『日本は坂を転がり落ちていった』と、
嬉しそうにのたまってましたね。この時。


前回の記事

(以下、抜粋転載)
それはそもそも『坂の上の雲』、というか“日露戦争のドラマ”そのものが、“サヨク
イデオロギー
”が黙って見過ごす事のできない、思想的に、政治的に“やっかいな代物
であるのだから、当然の事だ。
(以下略。以上、抜粋転載終了)


と書きましたが、反日サヨク及び媚中・媚朝鮮サヨク「日本が坂を駆け上がっていた
時代」
が大嫌いである。

まあ中国人、朝鮮人達が嫌うのはもっともな事であろう。
日本にとことんヤラレまくっていた時代なのだから。
今の時代の感覚で、感情論優先で、その時代を眺めれば、そういう見方もできるだろう。
と言っても、中国人、朝鮮人達自身がそう言うのならまだしも(完全に内政干渉ですが)
日本人自身が、そのように過度に自虐的に受け取る必要など無い。

とにかく現在、その時代の歴史を積極的に開陳するという事は、サヨク勢力の力が強い
このご時世では完全に“タブー”とされている。

だからこそ、NHKのスペシャル大河『坂の上の雲』も延期に延期を重ねたのであり、
江川達也のマンガ『日露戦争物語』は、どう見ても「日清戦争物語」としか言いようが
ない、尻切れトンボの形で“未完”に終わった(江川達也の描く、歴史内容の是非は
ともかくとして)。

前回の記事でも少し触れたように、1980年=31年前の映画『二百三高地』を最後に、
日露戦争の映画などは全然作られなくなり、テレビドラマとしても、そのようなもの
(=日露戦争を背景としたもの)は、全く放送されていない。

極一部の歴史ファンや歴史小説ファンを除けば、“日露戦争のドラマ”を知っている
人達の方が“絶滅寸前の少数派”である。メディア界や教育界が世論をそのように
仕向けてきたのだから、当たり前の話である。





日清戦争(明治27年=1894年)は、日本のKO勝ちだった。
日露戦争(明治37年=1904年)は、日本の判定勝ちだった。

(※先述のNHK台湾番組のナレーションにもあるように、実際の日本の(最初の)
ピークは“日露戦争の勝利”ではなく、“第一次大戦”で、その後、第一次大戦の
戦後不況関東大震災へと続く事になる)


『ロシアに勝った、勝ったと言って、いい気になるな!結局、最後は太平洋戦争
ボロ負けしたじゃないか!日本人にとって必要なのは“戦争の反省”だけで十分だ!』

確かにもっともな話ではある。
(とは言っても、大東亜戦争の敗戦の事は徹底的に放送して、日露戦争の事は一切
放送しないというのは、あまりにも極端過ぎるであろう。比率で言うと99.9%対0.1%
というぐらいの割合である)

しかも勝ったとはいえ、日露戦争の戦死者、戦傷者の数もオビタダしいものである。
さらには戦場は極東に限られており、日本がロシアの奥地にまで攻め入って、相手を
降伏させた勝利という訳でもない。


しかしそれでもなお、“日露戦争”には大いなる意義があったのだ。



皆さんは“大攘夷”という言葉を聞いた事があるだろうか?

昔の幕末物で、“薩英戦争”の場面の描写で、大久保利通が喋るセリフの定番として
よく使われていた言葉である。

“薩英戦争”の事を自分が語り始めると、とても一日二日では終わりそうにもありま
せんので、大部分をハショッて書きますが、要するに薩摩・久光公の配下の者が、
大名行列に闖入してきた英国人を殺傷して(=生麦事件)、その報復として英国
艦隊が薩摩に攻め込んで来て砲撃戦となり、“両者痛み分け”となった事件である。

それまで攘夷派として(生麦事件でも)名を馳せた薩摩藩ではあったけれども、
直接西洋と戦ってみて、敵の火力の強大さを悟り、その後一転して、西洋の技術
から学ぶべき所は学び、その技術を吸収して力をつけて、時間をかけてでも自力を
あげる事に力を注ぎ、その蓄えた自力をもって最終的に西洋を打ち払う=“攘夷
果たす”、これこそが“大攘夷”である。というような大久保利通のセリフだった
と思う。また大久保はこうも言っていた。「攘夷!攘夷!と叫んで、目先の事だけ
にとらわれていても仕方がない」と。
(※変な話に飛んでしまいますが、自分はTPP問題で、感情的な反米・反TPP
唱えている連中=“「攘夷!攘夷!」と叫んでいる連中”に対しても、目先の事に
とらわれている“攘夷派”として、大久保同様の見方をしています)


薩摩隼人”らしからぬ、深謀遠慮な性格の持ち主の“一蔵ドン”ですが、司馬さんに
言わせると、幕末の薩摩藩の動きは、他藩と比較しても「レベルが数段上」との事。

薩英戦争後の薩摩藩の駐日英国公使館員達との関係、薩摩藩の英国留学生達の話、
五代才助(友厚)、寺島陶蔵(宗則)、グラバーやモンブラン達の話をし始めると
また話があさっての方向に果てしなく行きそうなので、とりあえずここではスルーします。


一つだけ余談として話しておくと、“日露戦争のお話”でも重要な登場人物として、
薩摩人”が数多く登場します。長州人は基本的には陸軍が中心ですが、薩摩人は
海軍が中心、といっても薩摩の場合は、陸軍でも有名な軍人が数多く登場します。

幕末の時代から活躍していて、日露戦争時も現役で残っているのは、大山巌・野津
道貫・東郷平八郎
あたりか。薩摩以外では立見尚文なども維新の戦さの経験者で、
この辺りは小説などでも、よく登場する面子でもある。

別格として、政治家の伊藤博文、山県有朋、井上馨らの長州人達もいますが、先に
も少し書きましたが、司馬さんの『翔ぶが如く』で、「西南の役」にも触れておけば、
〔幕末>西南の役>日清・日露戦争〕の歴史のラインが分かり易くなります。
特に今“旅順総攻撃、二〇三高地”で苦戦している乃木と児玉の二人の長州人に
ついては、『翔ぶが如く』でも司馬さんの乃木・児玉像として存分に描かれています。

余談はここまでで終わり。“大攘夷”の話に戻る。


その史料的典拠がどこから出て来たものだったかは忘れましたが、大久保利通が
喋るセリフとして、もっぱら使われてきた“大攘夷”。


幕末の不平等条約、主にその不平等の対象とされるのは“領事裁判制度”と
関税自主権”(が無い事)である。どちらも幕末のゴタゴタの内に、強制的に押し
つけられたものと言ってよいだろう。

それらの不平等な制約を乗り越えて、「西欧列強と互角の存在になりたい!」
いうのが当時の日本人達の宿願であった。

歴史の教科書で習った人もいると思うが、よく知られる所で井上馨の“鹿鳴館外交”
の話がある。“文化”の面で西洋を見習い、鹿鳴館で西洋の服を着て、舞踏会を催し
西欧化に努めるが、結局は失敗に終わった、と。
ビゴーが描いた「猿まね」の風刺絵と一緒によく教科書などに載っているはずである。
(ちなみに井上馨の外交は、決してそんな単純な外交政策ではなかったと、自分は
思うけれども)

そこから先は決して教科書は書かないと思うが、『所詮、西欧列強が他国を評価する
ものさし”は、“文化”などではなく“武力”であり、西欧列強と互角に認められる為
には“富国強兵”に努めるしかない、と日本は悟った』というのが、よくある小説など
の書き物に見られる筋書であるが、“鹿鳴館外交”の失敗の影響かどうかは別として、
当時の日本の政治家は、元々そんな事はとっくに分かっている。
明治初頭の岩倉使節団が、ドイツのビスマルクからとっくに耳にしている話である。


日清戦争の際に、“領事裁判制度”の撤廃=治外法権の撤廃を西欧列強に認めさせた。

日露戦争に勝利した後、ほどなくして“関税自主権”の回復を西欧列強に認めさせた。

果たしてここに、日本の“大攘夷”が見事に達成された。
幕末から数えること、約40年がかりの“大攘夷”である。


「日露戦争でロシアの軍に勝った!」うんぬんの話も、もちろんそれはそれで
大切な話ではあるが、もっと大切な事は、この“日露戦争”をもってようやく、
維新の攘夷”が成就された、という事である。

日本がやっとの事で“真の自立”を果たしたのである。
こんな素晴らしい話が他にあるだろうか?!
今の日本がおかれた状態を省みても、羨ましい限りの話である。
40年も頑張ってきて、やっとつかんだ“真の自立”である。



そりゃサヨクさん達が、この“日露戦争のお話”を
日本人に見せたがらないのはもっともな事だよな。



なんせ奴らは「反米!反米!(=攘夷!)」などと偉そうに叫んでいても、
実際の所は“日本の真の自立”などは全く望んでいないのだから。
米国その他の戦勝国(特に中国に、「永遠に隷属していろ!日本は!」
と考えている連中なのだから。



大攘夷”の話の最後のシメとして、司馬さんのエッセイで読んだことのある、
司馬さんの祖父についてのお話を一つ。
司馬さんの祖父は播州出身で、大阪の米相場などに手を出していた人らしい。
ちなみに司馬さんの父親は、祖父が50才の時の子供なので、司馬さんと祖父とは
かなり歳が隔たっていて、面識はないらしい。

その祖父幕末には攘夷主義者であった。そして明治の世になっても、ずっと
チョンマゲを結い続けていた。
しかしその祖父も“日露戦争”が終わって、ようやくチョンマゲを切る事にした。
「日露戦争が終わって、ようやく攘夷が終了したので」マゲを切ったのだ、との事。






さて最後に、前回の記事でも書いたように、NHKのドラマ『坂の上の雲』に
対しての、自分のフラストレーションをぶちまけて、終わっておきますか!

まず一番最初に触れなければならない事は、
日本軍の勝利シーンが完全に消し去られている!
という事である。『坂の上の雲』のドラマの全編に渡って。

ある意味、NHKによる驚異的な力技である。

なにしろ、日清・日露の両戦役で、ほぼ不敗を誇った我が軍勢である。
それと全く同時代のドラマを描くにあたって、我が軍勢の“勝利シーン”を
一切映し出さないで
遂行してしまおうというのだから、その徹底ぶりには、
毎度の事ながら「さすがNHK」と呆れる他は無い。


あの“媚中回”「第4話:日清開戦」の話に触れるとムナクソが悪くなるので、
とりあえず昔見つけたブログのリンクなどを貼る程度にしておこう。

この第4話について一言だけ、一番大切な事を指摘しておくと、
『先にも書いたように“日本が自立を目指した”事が最大のテーマであるはずの
物語で(もっともNHKのドラマは、その事=“日本の自立”などは、ストーリー
の中で全く重要視せずにドラマを作っているので、最初から問題外なのだが)、
自ら“表現の自由”を放棄して、中国様に必要以上に媚びて、ドラマ製作をしてる
姿勢こそが、“日本の自立”とは全く正反対で、本末転倒なんだよ!
って所です。

侵略者を強調、反日プロパガンダと化したNHKスペシャルドラマ第4回日清開戦
http://syuun.iza.ne.jp/blog/entry/1377446/

『坂の上の雲』、4話で『谷底のドツボ』と化す
http://temple.iza.ne.jp/blog/entry/1377800/

坂の上の雲 第4話 日清開戦 で媚中NHKが原作レイプ
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1261368294/


この第4話であった“反日・自虐・媚中シーン”を指摘していくとキリがないし、
ムナクソも悪いので、
「日本軍の勝利シーンが完全に消し去られている!」
という所に限定するとしても、この第4話の内容は空前絶後のシロモノである。


先に「日清戦争はKO勝ちで、日露戦争は判定勝ち」と書いた。

「日露戦争は判定勝ち」というのは、陸の戦いにおける“辛勝につぐ辛勝”、
及び“オビタダしい戦死傷者数”を指しての事である。
一方、海の戦いでは、日本がロシアを圧倒していて、海に限定するとすれば、
「日本のKO勝ち」と言っても言い過ぎではない。
ただし海の戦いは“攻撃の戦い”ではなくて、自国領の制海権を保つ為の戦い
なので、重要な事には間違いないが、進撃する事を担っている最前線の戦い
という訳ではなく“後方支援での戦い”という事は否めない。


日清戦争の方は、陸海ともに日本の完勝である。
(※楽勝という訳ではない。戦さに楽な戦さなど、あるはずがない)

清国の不沈艦と言われた「定遠、鎮遠」などとも戦ったので、当初は各国から
日本海軍の劣勢が予想された「黄海海戦」も、日本海軍の完勝に終わったが、
ドラマでは完全に無視された。その前の回の第3話でわざわざ「定遠」を登場
させておきながら。

日清戦争の「黄海海戦」は、日清戦争の海戦の中では一番重要な海戦である。

実は日露戦争でも「黄海海戦」という同じ呼び名の海戦があるが、これも重要な
戦いであったのだが、先日の第10話では「(日本の)海軍がロシアの旅順艦隊を
仕留めそこなった」
などというコメントと、テキトーでいい加減な海図だけで、またも
やスルー
されていた。

この日露戦争の「黄海海戦」は、後の「日本海海戦」に繋がる“伏線”を含んだ
戦いであって、「旅順艦隊を仕留めそこなった」などという程度の戦いではない。
この戦いでも日本海軍はロシアの艦船をかなり撃破している。日本側はほとんど
損害を受けずに。

しかし日本軍が敵側を撃滅するシーンは(「日本海海戦」がどのように扱われる
かはまだ分からないが)、NHKのこのドラマでは“ご法度なので、特に
日清・日露と共に負け知らずだった海軍の戦いは、ほとんどスルーさせられる
ものと思われる。

浦塩(ウラジオストック)艦隊と戦っている上村艦隊(第二艦隊)の動き、こちらも
蔚山沖海戦という重要な戦いで勝っているが、今の所、完全に無視されている。
セリフでさえ登場していないはずである。「日本海海戦」のパートに入ってから
少しは回想シーンか何かでやるのかどうか知らないが、秋山兄弟以外はどうでも
いい
と思っているNHKのこのドラマでは、それも難しいだろう。

とにかく「日本の勝利しかない海戦」については、日清・日露共に、NHKは
“完全に無視”
を決め込んでいる。


海戦だけではない。陸戦もそうである。

日清戦争の方の、朝鮮半島での勝ち戦、しかも一番重要な陸戦、「平壌の戦い」
までNHKは無視した。

日本の勝利”は全て「勝利した」というコメントだけの勝利である。
(というかコメントさえ無く、完全に無視される事の方が多いくらいなのだが)
日本軍が他国の軍を蹴散らしたり、圧倒するシーンNHKの映像で流す事は
許されていないのである。


その点が、先にも書いたが、第4話の内容が空前絶後のシロモノなのである。

日本側が派手にヤラれているシーンしか、陸海共にないのに、コメントだけで、
なぜか 「日本側が勝利している」 というドえらいシロモノである。
(オマケに「高陞号事件で沈没、溺死したシナ兵達が可哀そう~」という印象操作
込みである。海上輸送を沈められた事件なぞ、それこそ先に書いた日露戦争での
浦塩艦隊
に、日本だって散々ヤラれてるわ!NHKは無視してるけど)

好古が遼東半島で惨敗するシーンも描かれていた。
迫りくる清国兵達の威圧感は、日本人の視聴者にもビンビン伝わってくる迫力である。

sinahei2 sss
sinahei4 sss
sinahei5 sss
sinahei6 sss
sinahei7 sss

「これが敗走に敗走を重ねているシナの陸兵か?」と目を疑うばかりの精強ぶりだ。
NHK(というか渡辺謙)のコメント上では、これが「負けている軍勢らしい」ですけどねw

シナの軍勢に好古達が蹴散らされた直後に、なぜか既に陥ちている旅順要塞での
乃木と伊地知の場面に移り変わる。清国勢は逃げたらしいです。清国兵が逃走する
シーン
などNHKは絶対に放送しませんけどね。このシーンも「コメントだけで日本が
勝った」
というパターンと、さして違いはありませんね。
我々としては「ふぅ~ん、そうですか。勝ったんですか。へぇ~」ってなもんです。


次は海上の真之の番である。
真之の艦に直撃弾をくらって大惨事の場面。親しかった部下の花田は血まみれで戦死
します。真之の艦の戦死者は三名との事ですが、とても戦死者三名で済みそうな被弾
は見えませんな。ちなみにこんなシーンも原作には全くありません

でもって、どうやったのか、映像はもちろん、説明も一切無いので分からないが、清国
の威海衛の艦隊は降伏した
そうです。提督の丁汝昌は毒をあおって自決したそうです。
丁提督は立派な軍人だったそうです。NHKの媚中配慮もキメ細やかで素晴らしいですね。





そして最後は、例のレオ曹長と子規(シナで反日映画に出演しているという、またネット
上のサヨク達からも大人気の香川照之)が演じる最凶の「反日・自虐」場面ですが、
詳しくは述べますまい。知りたい人は(知らない方が良いと思うけど)上記のリンクから
たどってみて下さい。顛末が書いてあると思います。

この悪名高い「レオ曹長と子規」の場面ですが、「反日・自虐」のプロパガンダも確かに
大いに問題はあるが、それ以上にNHKが密かに挿入している、日本国民へ向けての
“(洗脳)メッセージ”
があるので、その事を指摘しておきたい。

この場面でNHKが一番強調したかったのは、この部分である。

sinano1 ss
「この子の親は、お前らに殺された」

sinano2 ss
「いつかきっと、この子が親の敵(かたき)を討つ」

NHKが製作するシナ絡みの“歴史ドキュメント番組”=“反日プロパガンダ番組”では
度々垣間見られる、NHKによる“中国人達の気持ちの代弁”=「日本人は中国人の怨み
を思い知れ!」
またはその“怒りの気持ち”を“威圧”に変換して「中国様はこんなにも
怒っているので、日本人はくれぐれも中国様に逆らうなどという事を考えない
ようにしろッ!!」
という恫喝を含めた印象操作である。

こいつら反日サヨクは、日本の視聴者に対しては、ドラマの中などで「戦さは嫌いじゃ!」
「敵に怨みを晴らすなど、負の連鎖を産み出すだけじゃ!」
みたいな反戦・厭戦プロパ
ガンダ
ばかりやり続けているが、“シナ人(たまに朝鮮人も)”が「怨みを晴らす」事
ついては、諸手を挙げて“大賛成”するという“異常な奴ら”なのである。





話を「日本軍の勝利シーンが完全に消し去られている!」の件に戻す。

今回の日露戦争の描写、“遼陽会戦”も渡辺謙の「(ロシアの)全軍退却」というナレー
ション
と、画面に映し出されるテロップだけで、日本の勝利は片づけられた。

まあしかし、これは百歩譲って、許せるとしよう。
原作でも、日露戦争の(司馬さんがこだわる)陸戦の方については、「どうやって日本が
勝ったのか、よく分からない。勝てたのが奇跡だ。退却将軍クロパトキンのお蔭だ」という
ような描写が続く。遼陽から奉天まで。

朝鮮半島から鴨緑江の戦いでの勝利を経て、遼陽へやって来ていた黒木為の第一軍
の存在が、遼陽での作戦会議の席に「黒木為」というテロップ付きの俳優を映すだけで
済まされているのは「それって、ちょっとどうよ?」と思うけれども。

ドラマの中での戦況地図も、遼東半島からの進撃路は示してあっても、朝鮮半島からの
進撃路
完全に無視していた。
朝鮮半島絡みの戦さは、NHKは完全に無視するつもりらしい。日清戦争の時と同様に。
日露戦争仁川沖、蔚山沖日本が勝った海戦も、当然、無視されている。



日清・日露の両戦役と、朝鮮半島は、切っても切れない密接な関係がある。

ロシアの極東への進出、それを阻む為に戦ったのが日露戦争である。
そして朝鮮半島はロシアの極東支配、また日本へ対する圧力においての
匕首(あいくち)”としての役割がある、という事は、確かNHKのドラマの中でさえも、
かなり序盤で述べられていたと思う。


そうは言っても、サヨク方面からの物言いでは『多大な犠牲を強いてまで満州の奥深く
まで攻め込まなくても、日本海での海上戦力だけでもロシアの進出を止められたはずだ』
なとという意見もある。
一般的な物言いとして、あながちおかしな意見とは聞こえないかも知れないが、これは
間違い
である。

国防というものは、常に最悪のパターンというものを想定しておかなければならない。
その“最悪のパターン”というのは、“朝鮮の寝返り”である。
朝鮮国が寝返って(「寝返る」も何も、元々日本の友邦国などではないのだが)、ロシア
の尖兵
となって日本に攻めてくるようになれば、日本の国防にとって、対する戦力は
ロシアの軍勢プラス朝鮮の軍勢という事になる。


11月27日の記事「日本外交の行方」で“日米離間”について書きました。その本質
日本がアメリカから離れるのどうこうといった単純な話ではなくて、中国が企んでいる
「日本を、対アメリカへ向かわせる“尖兵”として利用する」という事が“日米離間”の
本質
であると書きましたが、その形と同じものです。


『朝鮮軍が日本へ攻めてくるだって?何をバカな事をw』とサヨク方面からは笑って
これをごまかそうとするでしょうが、実際歴史上、そういう事がかつてあったのだ。


「元寇」である。


モンゴル軍の手先として、朝鮮の軍勢が北九州へ攻めてきた(ついでにシナの南宋の
軍勢
も)。この時、日本侵攻の尖兵役を、進んで買って出た朝鮮人達もいた。

そういうものです。外交の歴史などというものは。



最後に、もう一つだけオマケの余談。
「NHKのドラマ作り」に対する批評をしておきたいと思います。

ドラマの方では、ストーリーをあくまでも秋山兄弟にスポットを当てて、この兄弟を
中心にして描くように設定している。

そのせいかどうかは知らないが、このドラマの中では“二〇三高地”を攻撃する進言を、
真之が児玉に行うという、仰天するような展開になっている。
自分も原作をそれほど憶えている訳ではないが、確かそんな記述は無かったと思う。

最近のNHK大河ドラマにおける腹の立つパターンの一つに、“主人公のエスパー化
というパターンがある。
主人公は偉いのよ!主人公はこの後の歴史の展開を全てお見通しなのよ!」とでも
言わんばかりの主人公の超能力ぶりである。そうであるから、最近のNHK大河の
主人公は、偉そうに他人に対して「こうしたほうが良い(=良かったのだ)!」と、
場もわきまえずに説教をたれる。
『篤姫』の時などは特に酷かった。見ていないが今年のも、どうせ同じだったのだろう。


これまで何度か書いた事があるが、『“歴史の流れ”を語る際に、後知恵歴史にIF
を使う事は許されない。歴史のIFが許されるのは、その時その人が、どういう選択肢
の中で“その決断”をして、なぜ他の選択肢を選ばなかったのか?選べなかったのか?
その決断を下した当事者達の心境を省みる際にのみ歴史のIFは許されるのである。
「その時こうしていれば(=別の選択肢を選んでいれば)、その後の“歴史の流れ”は
こんな風に(都合良く)なったかも知れないのになあ」などという空想を巡らして、自説
(及び自分のイデオロギー)に都合良く利用する為に、歴史にIFを使う事は許されない』
という事である。

であればこそ、歴史の面白みがあるのであり、ドラマの面白みも、また同じである。

人間は神様ではないのだから、一寸先の事さえ、何も分からない。
ドラマの中に“エスパーや神様”が登場しても、シラけるだけである。
そんな予知能力があるのなら、そいつは株でも先物でもロト6でも買ってりゃ良い。




「日本軍の勝利シーンが完全に消し去られている!」の件について、先にいろ
いろと書きましたが、
「“日本海海戦”をNHKがどのように描くのか?
自分がこのドラマに注目しているのは、今やこの一点に絞られている。

これまでNHKが完全に無視を決め込んできた“日本軍の勝利シーン”。
自分の予想としてはおそらく、“日本海海戦”でのロシア艦隊の壊滅シーンは、いくら
NHKといえども、このシーンだけは、ある程度描かざるを得ないだろう。

問題は、NHKがこの際にどうやって日本国民(=視聴者)から、“敵艦隊撃滅の
快感
”を取り除くか?という所にある。


真之が、戦さの悲惨さを目の当たりにして「坊さんになる」と言い出すのは、原作にも
書かれている場面である。
おそらく、NHKはこれを使うであろう。

日清の海戦で部下の花田を失い、旅順港閉塞作戦では親友の広瀬を失った。これに
日本海海戦で斃れた戦死者達の映像を繋げて、これらを“海戦大勝利”にかぶせる
こと
によって、“日本国民(=視聴者)の爽快感”を取り除くのだろう。そして真之に己の
気持ちを語らせるという形になるのだろう。

ちなみに原作の方では、真之が「坊さんになる」と言い出すのは、花田(そもそも原作
にいない)や広瀬という個人の友情の問題ではなく、砲弾でもろくも弾け飛ぶ、肉片
などを目の当たりにしての事だったと自分は記憶している。


よく知られているように、司馬さん自身が決して戦争を賛美するような小説家ではない。
司馬さん自身も小説の中で、日露戦争の負の部分を大いに描き出している。
もちろんNHKは、その“負の部分のみ”を大いに利用する。
正の部分”には、一切無視を決め込みながら。


最終的には、日露戦争における“日本の自立”という部分も、日露戦争後の、これは
司馬さんもよく指摘する所であるからNHK的にも絶対に利用する事であろうが、
日比谷焼打事件”をかぶせてきて、“日露戦争の勝利”という“日本国民(=視聴者)
の爽快感
”自体も拭い去ってしまうつもりなのだろう。

大攘夷”=“日本の自立”という“正の部分”には、一切無視を決め込みながらも。


(※最後に、今回は「アジア人が最初に白人を真正面から破った戦争=“日露戦争”」という
視点については、割愛しました。まあそれも、広い意味では“大攘夷”と同義と言えるでしょうし)


※追伸 12月11日21:30
本日の第11話「二〇三高地」見ました。

なんだよ、やればできるんじゃねえか。NHK。
この回だけは、評価しても良いと思う。

もちろん百点満点という訳ではないが、これまでの他の回に比べれば
十分「及第点」の内容であった。

司馬さん、及び歴史ファンへの配慮、そして何より“先人”に対する
最低限の敬意を欠かさなかった事は、率直に評価する。

というか、それが当たり前なんだよ。

いつものNHKが“異常”なんだよ。


テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

坂の上の雲と司馬遼太郎とNHK・4(ドラマ完結にあたって)

ごぶさたです。すみません。
師走の忙しさにカマかけて、また、「坂の上の雲」のドラマが完結するまで、
ちょっと続きを書き辛かったので、ここまで延びてしまいました。


坂の上 最小


そんな訳で昨夜、NHKのスペシャル大河「坂の上の雲」が完結しました。


感想としましては、率直に言って

「中途ハンパやなあ~~~~」
という感じです。



何と言いますか、『上等なネタが入ったらしいから、スシ屋に連れて行ってやるよ』
と誘われて、スシ屋に行ってみたら、出されたのは
ちらし寿司だった』
というか、そんな感じ。
もう一つ、食い物に例えて言うならば、
ラーメンを食べさせてもらうことになっていたのだが、出て来たラーメンは、
具と麺とお湯だけで、“スープが無かった”ので、塩だけ振りかけて食わされた』
というか、そんな感じですな。



あ~あ、「期待しただけ無駄だった」という所です。
3年間もかけて、コレかよ、って所ですね。
今年の第三部が一番マシだったけど。第一部、第二部(一昨年、昨年)が酷過ぎ
たんだから当たり前だ。



中途ハンパになるのは、“時間が足りない”という“物理的な理由”があるので
当然の帰結と言える。

しかし、その“時間が足りない”という状況を自ら作り上げたのは、NHK自身の
責任
である。
放送時間を全13回分と決めてしまった事にも問題はあるが、その上“日露戦争
以外の部分を必要以上に盛り込んでしまったせいで、肝心の本編(=日露戦争)
部分が後へ後へと押しやられてしまった。
まあNHKは、わざとそうしたんだろうけど。

3年に分けての放送形式についても、これまでの3回の記事でも度々触れてますが
問題外”ですな。一週間前の話でも厳しいのに、一年前の話なんか、誰が憶えて
るっちゅーねん。
そもそも3年間もモチベーションを維持できる奴が、どれだけいると思ってるんだよ。




またNHKが、「誰に向かって番組を製作しているのか?」「どういう視聴者層に
向けて番組を製作しているのか?」という方針をハッキリさせていない、という
部分も、ドラマが中途ハンパになってしまった原因である。

これまで3回の記事で書いてきたように、このドラマは“見る人”を選ぶ。
だからこそ、“視聴者層の取捨選択”は非常に難しい。

具体的に視聴者層を選別すると、
コアな歴史ファン、及び原作を少しでも知っている人”と、
平均的な一般視聴者”に分けられる。
この事については、第2回の記事で書いたので、ここでは繰り返しません。


NHKは結局、どっちつかずの対応をして、しかもなおかつ、“コアな歴史ファン、
及び原作ファン
”に対しては、(第2回の記事でも書きましたが)
「腰が引けたような製作姿勢」
しか取れていないので、“虻蜂取らず”という、中途ハンパな結果で終わっている。


こんな中途ハンパなドラマを作るぐらいなら、最初からタイトルを
「秋山兄弟物語」
とかにして、「坂の上の雲」の名前は、副題かどっかに挿入する程度にしておいて、
人間ドラマ”を中心にして製作すれば良かったんだよ。
歴史ドラマ”である「坂の上の雲」とは、「完全に別物です」という立場を明らかに
しておいて。

どうせ“歴史ドラマ”である「坂の上の雲」は、NHKには絶対に作れっこないんだから。
NHK特有のイデオロギーが壁になって。

人間ドラマ”としても中途ハンパ。
歴史ドラマ”としても、もちろん中途ハンパ。

原作から持ってきた素材を、なんの狙いも統一性も無しに、バラバラと切り貼りした
だけで、我々(コアなファン)からは物足りず、一般視聴者からは「何が面白いのか
分からない」という、不完全燃焼なドラマになってしまった。


石原さとみ(=季子。真之の細君)の存在価値も終始、意味不明だった。
『原作ではほとんど出番は無い。しかし原作を改変しても、それで面白くなるのであれば、
それはそれで別に構わない』と前回も書いた。
ネットでよく言われる“創価枠”なのかどうかは、自分は全然知らない。

「とりあえず真之の嫁だから、一応出してみました」というぐらいの存在感しか感じ
なかった。自分が男性だからかも知れないが。
よく分からないが、女性があのキャラクターを見て、何かを考えさせられたり、感慨
深い思いをさせられる事ってあるのだろうか?また感情移入したりする事ってあるの
だろうか?よく分からんけど。






最終回の内容は、概ね自分が予想していた通りの流れだった。
というか、もっと期待していた部分もあったのだが、そういう部分は全部スルーされた。

mikasa2.jpg

日本海海戦”の予想は、まあ大体あんなもんでしょう、という感じです。
全編通じて、「上村中将の第二艦隊の存在を完全にスルーした事」については、「NHK
だから仕方ない」という感じで、元から諦めてました。

前回の記事で予告しておいた中では、最終回に花田や広瀬の事が出るのかと思っていたが
(と言っても、この予告はNHKの確変回、第11話「二〇三高地」を見る前なので、
NHKに対する見方は、もっと厳しかった時の予告なのだが)、それは外れた。

NHKの“日露戦争”に対する見解、というか視聴者へ向けてのアナウンスがどのように
なるのか?については、やはりNHKは“腰が引けていた”。
渡辺謙(=司馬遼太郎)のコメントで、ほんの少しだけ「白色人種対黄色人種」のセリフが
あったけれども、そういう「核心部分に触れそうな」箇所は、さっさと流すか、あるいは
オブラートにでも包んで出すように、NHKは注意深く取り扱っていた。

明治という時代”についても、全く同様である。
「前をのみ見つめながら歩く」「常に前向きで楽観的」とかいうような“抽象的なセリフ”を
用いるだけで、
(というか好古はともかくとして、真之はドラマでは終始グズグズと後悔してただろ?w)
前回の記事で自分が書いたような、
“日本の自主独立”
というような事を少しでも感じさせるようなセリフは、一カ所も無かった。

外交的には非常に見所のある“日露交渉”は完全にスルーされた。
(まあポーツマスでのやり取りは原作でも、それほど入念にはやられなかったけど。
というか金子堅太郎が第二部で伊藤博文と登場したのに、第三部は一回も出番無し。
高平とかヴィッテを出せとは言わないけど、小村が出発したと思ったら、直後にすぐ
帰国シーンって、ちょっと酷いね)

こんなんじゃ“日露戦争のなんたるか”は、全然感じられないよなあ、視聴者は。





それにしてもねえ…、
司馬遼太郎は、“戦記”にコダワル小説家ですよ?

その司馬さんが、“もっとも美味しい素材”を調理して、我々に出してくれたのが
「坂の上の雲」でしょう?

その「坂の上の雲」から、極力戦記色を薄めて、戦術解説や人物譚もスルーして、
一般視聴者向けの“綺麗なCG映像”だけ見せられて、何が「坂の上の雲」か!


NHKは今回のドラマでは、戦術や戦略の経過などを、図で分かり易く解説する
という事を、極力排除していた。
確かに「説明臭いシーンをなるべく減らす」という事は、ドラマを作る一般姿勢と
しては、妥当な姿勢ではある。

しかし今回のドラマ製作においてNHKが取ったその姿勢は、そういう理由から来て
いるのではない。
単に『視聴者に分かり易くなるような解説をしたくなかった』=『視聴者に戦術や
戦略を理解させる気など全然無かった』
だけの事である。
『とりあえずそれっぽい“静止図”だけ出しときゃ、雰囲気だけは出せるだろ』と
いうような感じで。

そしてその「説明臭い図は極力排除している」くせに、その一方で、戦争の経過を
渡辺謙の「ナレーション(=説明)で全て解説する」という、訳の分からん状態
作り出してしまっていた。

口で説明するぐらいなら、地図上で動きを解説した方がよっぽど分かり易いだろ?
という所なのだが、どうせナベケンのナレーションも、視聴者に理解してもらう
気などサラサラ無く
、『とりあえずそれっぽい雰囲気だけは出せるだろ』程度の
感覚でやっているのだから、そもそもが無意味なのである。



あ~、なんかグチばかり書いてて、なんだか疲れますわ。
とりあえず、こんな所で止めときますか。



余談になりますが、ドラマのエンディングのスタッフロールを見ていると、
“脚本諮問委員”の筆頭の所に、“関川夏央”の名前があった。

以前から時々、いろんな所で目にしていた名前だったのですが、これまで著作を
目にする機会が無かったところ、先日、この本(マンガ)を読んだんです。全5巻。
(師走で忙しいとか言いながらw)

坊ちゃんの時代―凛冽たり近代なお生彩あり明治人 (アクションコミックス)坊ちゃんの時代―凛冽たり近代なお生彩あり明治人 (アクションコミックス)
(1987/06)
関川 夏央

商品詳細を見る


1巻と最終5巻は夏目漱石の話。2巻は森鴎外。3巻は石川啄木。4巻は幸徳秋水。

昨夜の「坂の上の雲」の最終回に、夏目漱石がしゃしゃり出て(w)来てたのは、
この関川さんのせいなんでしょうかねえ?

いやまあ漱石も、子規との関係で「坂の上の雲」では準レギュラー?ぐらいのキャラ
クターではありますが。

昨夜の最終回では、『アニさん(=子規)だったら、そんな事(=自虐的な事)
言わんとおもう』と、(=菅野美穂)達がしゃべっていたけれども、いやあ、
現実の子規や、司馬さんの描く子規だったら確かに「言わんとおもう」けど、
“NHKの子規(=香川照之)”だったら「大いに言いそう」だけどなあw
特にあの“媚中回”「第4話:日清開戦」のような子規(=香川照之)なら、
なおさらなあw


「坊ちゃんの時代」の評価については、まあ内容はそこそこ面白いです。
絶賛するほどでもないですが。谷口ジローの絵は、非常に素晴らしいです。






最後に、もう一つオマケの余談ですが、野田ミンスが中国の国債を購入して、
日本と中国でお互いに国債を持ち合うとかいう、アホな事をやるそうですね。

日中首相が円/人民元の直接取引拡大で合意、中国国債購入も
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTYE7BO00O20111225

中国国債100億ドル購入は野田首相の「手土産」
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=1226&f=business_1226_207.shtml

ミンスの愚策は枚挙にイトマがないが、今回のは「愚策もここに極まれり」といった
所だ。韓国のウォン買い支援に引き続き。金額はあれよりは低いみたいだが、
愚策といえば中国のこっちの方がよっぽど酷い

中国の国債なんか持った所で、中国が日本の言う事なんか一つだって聞くはずが無い
逆に中国は、日本の国債を利用して様々な影響力を行使しようとするだろう。
というか、中国は、中国の国債購入で日本から入ってくる金を、そのまま日本に
対する様々な買収行為の資金
として使うに決まっている。

中国に取っては一挙両得。日本にとっては一挙両損。良い事は一つも無し。

ある意味TPPなんかよりも、よっぽど酷い愚策だと思うのだが、一般マスゴミは
当然の事として、ネット系のメディアやブログさえも、この事についてはさほど
重視しているように見えないのは、なぜなんだろう?

まあ反米さん達から言わせると、「日本はアメリカの国債だって死ぬ程抱えてるじゃ
ないか!」
と叫びたいんだろうけど、朝鮮人如きにさえ一言だって言い返せない
分際で、しかもアメリカ様から一方的に守ってもらっている分際で(憲法改正や
対等な日米関係も目指さない状態
で)、「アメリカ、バカヤロー!」もクソも
ないもんだ。


テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

FC2Ad