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処士策論

「処士」(しょし)とは、仕官していない人、民間の人、在野の人のこと

前回の在特会に関係する記事の補足です

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前回の記事で多少舌足らずな点もありましたので、今回少し補足しておきたいと思います。


前回の記事で私は、一部の「いわゆる保守系」言論人が在特会を批判している事について否定的な意見を述べました。
マスメディアからの袋だたきを恐れているだけだ』と。

これについては、ちょっと私の言い方が悪かったと反省しています。

おそらく一部の「いわゆる保守系」言論人が恐れているのは(たぶんそれらの人々は安倍自民を応援する立場の人が多いと思うのだが)、自分がマスメディアから袋だたきにあう事によって、
『ほれ見ろ!安倍自民を応援している奴らというのは、こういう連中(在特会を支持しているような連中)なのだ!』
というレッテル貼りに利用されて「安倍自民に対するネガキャンに使われる」という事を恐れているケースも多いのだと思います。

例えば少し前ぐらいにもマスゴミが報じていましたよね。稲田さん山谷さんを標的にして。在特会の誰それと写真に映っていたとか難癖を付けて。ちなみにこの手の印象操作は橋下も頻繁にやってますね。『在特会と自民党の一部の保守系議員は仲が良い』みたいな感じで。

でもまあ『在特会との関係を疑われたくない』からと言って、別にわざわざ在特会をディスる必要なんかないと思うんですけどね。もっと上手にマスゴミからの追及をかわせる受け答えは出来るはずですし。ましてや自発的に言う必要など全くないはずでしょう。


あともう一点。
前回の記事で書きました以下の文章、
>『感情的になって朝鮮人をバッシングするのは伝統的な日本の保守、例えば戦前の国粋主義や大アジア主義とは完全に異質のものである』(※私はそれに異議を唱えました。具体的には言及しませんでしたが)

これはある特定の人物の発言を念頭に置いて書いたのですが、その特定の人物というのは小川榮太郎氏の事です。
最後の勝機(チャンス)最後の勝機(チャンス)
(2014/07/12)
小川 榮太郎

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確か以前、Ch桜の動画でこういったニュアンスの発言を聞いた憶えがあります。

念のため先に言っておきますが、私はどちらかと言えば小川榮太郎氏を支持しているスタンスの人間だと思います。小川氏は安倍総理を応援している立場の人間なので、その事によってネット上で(反安倍を煽っている連中から)罵詈雑言を浴びている人間なのだから、「反サヨク病」を罹患している私のような人間が小川氏に対して同情的になるのはごく自然な流れと言えるでしょう。

>『感情的になって朝鮮人をバッシングするのは伝統的な日本の保守、例えば戦前の国粋主義や大アジア主義とは完全に異質のものである』
という小川氏の発言に対して、私は非難するつもりはないのです。

一般論で言えば、小川氏はそれほどおかしな事を言っている訳ではありません。しかも上記に書きましたように、在特会との関係を利用して安倍バッシングを狙っているマスゴミ連中も大勢いる訳ですから、安倍さんへの応援を公にしている人間であればこそ、在特会に対しては殊更批判的な立場を取るのは至極もっともな事だと思います。


小川氏の発言に対する私の感情を正確に表現するならば、
『強烈な違和感を感じる』
という事なんです。

『今の日本を戦前の日本と同列に比較するという事自体、おこがましい事である』と。

比較の対象にならないでしょう?あまりにも違いすぎて。
この事については私は「良くも悪くも」などという「逃げ」の表現は使いません。

今の日本は、戦前の日本とは比較にならない程劣悪な国家である」と、ごく普通に私は認識していますから。

戦前の日本であれば、北朝鮮の拉致など絶対に起こり得ません。
もし隣国がそんな横暴を働けば、うむも言わさず叩き潰した事でしょう。


戦前の日本は、れっきとした独立国家です。
そして軍事の面でも政治の面でも、国際的には超一流の国家です。

何から何まで、今とは全く正反対の国家です。

特に「国家の尊厳」という点で言えば、対極にある二つの国家」というぐらい異質です。



小川氏が語った『戦前の日本人と比べて、あまりにも恥ずかしい』というセリフ。
それは確かにその通りです。

しかしそれは在特会の言動などに対して使うべき言葉ではなくて、北朝鮮ごときに国民を何十年も拉致されているのに、何の実力行使も起こそうとしない
日本国家に対してこそ、
真っ先に使われるべき言葉
のはずです。

ある意味、むしろ在特会ぐらいが今の日本にとっては『お似合いの存在である』とさえ、私には思えます。

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すみません。
私が前回言いたかったのは、こういった事を前提としての話だったのです。

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「香港の抗議活動」を伝えるNHKの報道スタンス

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今回はNHKの「香港の抗議活動」に対するスタンスに触れておきたいと思います。

なんか久々なような気がしますね。このブログでNHKのニュース報道を取り上げるのは。本来はこれがこのブログの中心であったはずなのですがw

そもそも、数年前まで(特に震災前は)私がNHK報道において一番注意して観察してきた点は「NHKの中国報道」だったのです。

しかしまあ第二次安倍政権になって以降は、NHKの対中スタンスも以前のような「媚中三昧」という訳でもなくなりました(※その反面、今度はアメリカべったりになって“改憲阻止”=“GHQ体制の強化”の姿勢が顕著になってしまいましたが)。

ですから、今のNHKの報道姿勢について、以前のように『媚中だ!』『親中だ!』などという意見を述べるつもりはあまりありません。その点に限って言えば、以前に比べればナンボかマシな状況です。

まあ、そうは言ってもNHKの中国愛がハンパではない事は、私も過去に何度か指摘しました。NHKが中国の本質や中国共産党(=中国の指導層)の本心について、突っ込んだ批判など出来るはずがありません。


今回の「香港の抗議活動」を伝えるNHKの報道スタンスについて、実は私はそれほど『偏向報道である』などと思っている訳ではありません。
中国共産党の意向をそのまま日本国民に対して伝える』というのは、CCTVの日本支局であるNHKにとってみれば「当たり前の報道スタンス」なのですから。
まあ偏向報道と言うよりも平常(平壌)報道とでも言うべきでしょうか?w

日本国民のほとんどがそういう「当たり前の報道スタンス」を理解してさえいれば、NHKの「香港の抗議活動」報道は偏向でもなんでもなく、ただ単に『中国共産党の意向をそのまま日本国民に対して伝えているだけ』という、本当にただ単にそれだけの話なんですよねえ。

本日のcoffeeさんのブログでも指摘されてましたけど、NHKなどが報じている「学生などの抗議活動に反対している“市民”」が、中国共産党と全く関係の無い人間であるなどと、そんなお人好しな考え方をしている人間が世の中にそんなにいるんでしょうかねえ?ちょっと理性の働く大人であれば、誰でもすぐに思いつく事だと思うんですけどねえw

以前、中国で反日暴動が盛んだった時にも中国共産党政府によって何度も使われた手口で、そしてNHKも荷担していたあの時の手口と同じです。
『国家についてどうのこうのと言うよりも、(=自分の生活)のほうが大事でしょ?』という印象操作

今回の「香港の抗議活動」における中国共産党とNHKの手口も、あの時、繰り返し使われたあの手口と全く同じです。

経済活動を人質にとった恫喝」。
まず最初にこれを試みるのが、奴らのいつもの手口です。

今回もNHKが、中国共産党のそういった意向を丸呑みしているという事は、先週放送されたNHKの一連のニュース報道を観察してみれば一目瞭然です。
(以下、先週のNHKニュース7、ニュースウォッチ9より抜粋した映像を紹介)
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9月30日(火)ニュース7より
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『香港、抗議活動 観光業への影響も…』

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『香港、抗議活動続く、観光への影響懸念』『観光業への影響懸念の声も…』

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『例年この時期、中国本土から大勢の観光客。“道路占拠で客足が遠のいている”』

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記念写真を販売する男性『抗議活動は香港の繁栄や経済に影響を与える』
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10月2日(木)ニュース7
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『香港抗議活動、観光業・生活に影響』『観光業に影響』

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『中国本土から観光客訪れる時期も団体旅行の見合わせ相次ぐ』

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『貴金属店など売り上げマイナス

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『客のほぼ半分が中国本土から来る。商売への影響がとても大きい』
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抗議活動が早く終わってほしい

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『市民生活にも影響が』

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『路面電車 中心部で運休、路面バス 一部運休』

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交通が混乱している。バスに乗る必要がある場合は不便だ
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10月2日(木)ニュースウォッチ9
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中国中央テレビ(=CCTV)の報道(=中国共産党の公式見解
『香港の一部では違法な集会によって経済と生活に影響が出ている』

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10月3日(金)ニュースウォッチ9
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『香港、抗議活動の学生、市民ともみ合いに』『抗議活動の学生、抗議に不満の市民

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市民『自分達の主張を通すために私達の自由を奪うな』

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(ヘアーサロンでは)『3割ほど減』

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『元のように仕事をしたい。早く占拠をやめてほしい
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以上です。
見事なまでに「中国共産党」の主張、垂れ流しです。

まあ、政治的な問題を経済の問題に矮小化させる、奴ら(中国共産党とNHK)のいつものやり口です。

事前にその事を理解してさえいれば(「中共とNHKのいつものやり口である」と理解してさえいれば)、それほど騒ぐ程の「偏向報道」でもありません。いつもの事です「慰安婦問題に一言も言及しない」のと同じです。いつもの事です)。



私自身が香港の抗議活動に対してどういう想いを抱いているか?

これはこの前あった台湾の学生運動の時にも同様に感じていたのですが、学生(これは「若者」と置き換えても良い)が「一生懸命に政治と向き合っている」という事そのものについては、日本の現状と比較して、純粋に『羨ましい』という感情はあります。

それはさておき、「民主化運動」そのものについては、別段大した感慨はありません。

私は今の日本の「いわゆる民主主義(=選挙主義)」が、それほど良い物であるとも思っていません。
少なくとも、今のマスメディアの在り方を放置した状態での「いわゆる民主主義(=選挙主義)」では、その害悪ばかりが目立っているようにも感じられます。

上記のNHKのアホみたいな報道姿勢を見れば、分かるでしょう?

仮に香港が「いわゆる民主主義(=選挙主義)」を獲得したとしても、もしも香港のマスメディアが(上記のNHKのように)まともでなかったとするならば、そんなものは結局まともに機能するはずがないのですから。



あと、余談ですが、私は以下の中国共産党の見解は実際『まさにその通りだろう』と思っています。

中国が民主化すれば「1300万人死亡」「国家は30に分裂」 機関紙が一党支配正当化(産経新聞 2014.9.25 )
http://www.sankei.com/world/news/140925/wor1409250012-n1.html
(本文は割愛します)

シナ大陸が大混乱になる事が、隣国である我々にとってどういった影響をもたらすのか?それは今の段階では全く予想できません。

しかし、これは私の個人的な感覚に過ぎませんが、中華人民共和国という国家を今のように経済発展させたのは「中国共産党の手柄」である事は間違いありません。隣国の我々日本国民にとっては迷惑至極な話ですけど。

中国共産党がこれまで進めてきた国家戦略は大筋において(もちろん人権問題や環境問題などもあるし、特に漢民族以外の周辺諸民族にとっては迷惑至極な話だけれども、“漢民族にとって”という前提であれば)妥当な方向だったと私は思っています。国家を率いる指導者の姿勢として見れば。

これはシナ大陸も朝鮮半島も全く同様なのですが、彼らのやり方というのは、要するに
戦前の(=明治維新後の)日本のやり方を真似しているのです。

近代化、中央集権化、軍事力強化、資源・エネルギー確保などを始めとした国家の在り方として見れば、まさに戦前の日本の「富国強兵策」そのものです。

ですから、私は時々羨ましくも思えるのですよ。彼らの「政治体制」に限定して言うのであれば。

なにしろ、少なくとも、中華人民共和国内で
「他国によって精神を支配されたかのような発言を繰り返す公共放送」(=NHKのような放送局)
があったならば、上は政治家から、下は一般国民に至るまで、そんな存在を許しておくはずがありませんからね。

その点に限って言えば、本当に羨ましいですわ。シナも朝鮮もw



まあ現実を見て物を言うのであれば、シナは「国家崩壊」などという分かりやすい形をとるのではなくて、漸次ゆるゆると経済的に後退していってもらいたいものですね。
日本の「失われた20年」「デフレ地獄」のような形でw

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マンガで見る「外国」。原作者「真刈信二・工藤かずや」前編。香港

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私のブログでは大体年に2回ぐらいのペースで(まあ大体自分が唐突に思いついた時や書きたい時に書いているだけなので、実際には不定期なんですけど)私の趣味の一つでもある「マンガ」関連の記事を書いています。

今回は久々にそのマンガ関連の記事を書きます。
前回やったのが今年4月の「村上もとか編」だったので、まあ大体半年ぶり、という事になりますか。

(※過去にこのカテゴリで取り上げたマンガ家及び作品は以下の通りです)
安彦 良和『王道の狗』(2012/01/22)
みなもと 太郎『風雲児たち』(2012/04/29)
山岸 凉子『舞姫 テレプシコーラ』(2012/09/02)
関川 夏央・谷口 ジロー『「坊ちゃん」の時代』(2011/12/26)
星野 之宣『ヤマタイカ』、『宗像教授シリーズ』(2012/11/04)
木村 直巳『天涯の武士』(2013/01/14)
森田 信吾『明楽と孫蔵』、『栄光なき天才たち』(2013/04/21)
村上もとか『六三四の剣』、『龍-RON-』、『JIN-仁-』(2014/04/05)


今回取り上げるのは「マンガ家」ではありません。「マンガ原作者」です。

ちなみに私がたどってきたマンガ遍歴から言えば、私が好きになったマンガは「原作者付き」の場合が多かったような気がします。ですから、私のマンガに対するコダワリというものを語るにあたっては「マンガ原作者」という存在を外して語る事は難しいと思います。

しかしまあ、「マンガ家とマンガ原作者の関係」の事について本格的に書こうと思ったら、とても一言では言い表せませんので、今回はその辺の話にはあまり深く首を突っ込む事は致しません。


と言う訳で、さっそく本題に入りたいと思います。
今回私が取り上げる「マンガ原作者」は“真刈信二”“工藤かずや”です。

と言いましても、唐突に「マンガ原作者」の名前を挙げられましても、世間ではあまり「マンガ原作者」の事が認知されているとも思えませんので、この両者の名前を聞いてすぐにピンとくる人は少ないと思われます。

武論尊”とか“雁屋哲”のようなメジャーなマンガ原作者であれば話は別ですけど、真刈氏と工藤氏はそこまでメジャーなマンガ原作者という訳でもありませんから。

更に言えば、この真刈氏と工藤氏の両者が「メジャーなマンガ原作者ではない」というのは(ただしマンガファンにとってはそれほどマイナーな原作者という訳でもないと思いますけど)、実は「彼らの独特の作風にも関係がある」と、私個人の認識ではそのように考えています。

そもそも“武論尊”は「北斗の拳」や「ドーベルマン刑事」、“雁屋哲”は「男組」と、少年誌の世界で大ヒットを飛ばした事が、メジャーへの階段を駆け上がるきかっけとなっています。

しかし、真刈氏と工藤氏の両者は違います。基本的に青年誌の世界を中心として活動してきたマンガ原作者です(ただし工藤氏に限って言えば、少年サンデーでもいくつか原作を手掛けており、「舞」という佳作も産み出しているのですけど)。


何と言っても、とにかく、真刈氏と工藤氏の作風は、
渋いのです。渋すぎるのです。
誰が読んでも分かりやすい“武論尊”や“雁屋哲”などの作風とは違って。

まあ一言で言えば「マニア向け」という事になるんでしょう。
そして私は見事に、そのマニアの一人になってしまった訳です。

今回(前編で)取り上げる“真刈信二”という原作者。
「マニア向け」という事であれば、工藤かずやよりも真刈信二のほうが上でしょう。

なにしろ、彼が青年マンガ誌の世界で主に取り扱ってきたテーマというのは、
企業もしくは国家を対象とした国際社会における取引、交渉、危機管理
というものです。

そりゃあ、こんな地味で渋すぎるテーマばかり取り扱っていれば、メジャーな原作者にはなれませんわなw
まあ私は逆に、そこに惹かれるんですけどw


真刈氏の主な原作マンガとしては、
「勇午」「オフィス北極星」「クライシス 危機管理の男」「どうだ貫一」「夢の掟」
などがあります。
※真刈信二 Wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E5%88%88%E4%BF%A1%E4%BA%8C

これらの作品の中で、「勇午」という作品は、これは私の個人的な感触に過ぎないのですが、(真刈氏の作品としては例外的に)それなりに人気のある(あった)作品だと認識しています。

と言いますか、実際連載期間も長かった訳ですし、人気がなければこんなに長くは続かなかったでしょう(私は最近あまり読んでないので知らないのですが、まだ連載が継続中なのかも知れません)。
勇午(1) (アフタヌーンKC)勇午(1) (アフタヌーンKC)
(2012/11/05)
真刈信二、赤名修 他

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※勇午 Wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%87%E5%8D%88
Wikiでは連載期間は1994年から現在まで、となってます。

確かに私自身、1995年から2000年までの頃、一番好きだったマンガは、この「勇午」という作品でした。

長く連載をしていて、それなりに知名度の高い作品なので、作品内容を解説する必要もないのかも知れませんが、一応作品の概要をWikiから転載しておきます。

(以下、Wikiより抜粋して転載)
成功率97.4%を誇るフリーの交渉人・別府勇午を主人公にした社会派サスペンス。『月刊アフタヌーン』連載版では主に海外が舞台となっている。毎回作者の綿密な現地取材に基づいて、各国の社会情勢、文化事情、宗教観、社会悪、必要悪にぶつかり、悩みながら解決の糸口を模索する勇午の姿が描かれた。ひとつのエピソードにつき、約1年程度の連載である(短編の日本編を除く)。『イブニング』連載版では、主に日本各地が舞台となっている。

シリーズを通して、主人公・勇午がその交渉の過程で必ずと言っていいほど拷問を受けるという演出がなされ、特に『アフタヌーン』版では各国の文化を背景にした様々な趣向の拷問が描かれた。


このブログに来られるような方でしたら、私が歴史マニア、特に世界史国際関係史のファンである事はご存じかと思います。そういった私の趣味(属性)からすれば、この「勇午」という作品を好きになるのは当然の事として、ご納得頂けると思います。

当時は(1995~2000年頃は)今現在のようにネット環境が(特にネット動画が)充実していた訳でもありませんで、NHKのBS放送を除けば、生の外国の雰囲気に触れられる機会はそれ程多くはありませんでした。ですから、この「勇午」のように「外国の空気に触れたような気分になれる」作品は、この当時はかなり新鮮に感じられました。


まだ「勇午」という作品の紹介の途中で、次回(後編で)取り上げる作品について紹介するのもなんなのですが、ちょっと先に紹介しておきます。

次回の記事で取り上げる予定の作品は、“工藤かずや”原作の「パイナップルARMY」です。
パイナップルarmy 1 (ビッグコミックス)パイナップルarmy 1 (ビッグコミックス)
(1986/04)
工藤 かずや

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※パイナップルARMY Wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%ABARMY

「パイナップルARMY」という作品をご存じの方はすぐに気が付かれる事と思いますが、「パイナップルARMY」もストーリーの舞台は外国です。ただ、「パイナップルARMY」の場合は「勇午」と違って「日本」という要素が作品内で語られる事はほぼ皆無です。
しかし、断言しておきますが、この「パイナップルARMY」という作品こそが、私がその当時(1985~1988年頃)一番好きなマンガだったのです。しかもこの作品は今でも、私にとって五本の指に入る傑作だと思っていますが、詳しくは次回(後編で)書きます。


とりあえず話を「勇午」に戻します。

なぜ今回「勇午」を取り上げたのか?と言いますと、実は「時期的な要素」も関係しているのです。

その「時期的な要素」と言いますのは、先日から行なわれている
香港の民主化デモ」
の事です。
また更に付け加えるならば、もう既に忘れられている感もありますが、
スコットランド独立」問題
も多少関係しています。

仮にそのような「時期的な要素」が無かったとしても、この2つの作品(「勇午」と「パイナップルARMY」)については、いつかは必ず取り上げるつもりでいましたので、まあ今回はそういう巡り合わせが『ちょうど来てしまったかな』と感じられましたので、敢えて取り上げました。


まずは「香港の民主化デモ」の件について。

この「勇午」の単行本6、7、8巻で香港の事を取り上げた話がありました。ちょうど香港がシナに返還される直前の頃、1996年頃の香港を舞台にした話です。マンガが連載していたのも、ちょうどその頃だったと思います。ですから、ほとんどライブの感覚で作品が発表されていた訳です。

ストーリーの柱となっているのは、もちろん「香港返還」です。

ストーリーの概要を説明しますと、「香港返還」を目前に控えて、昔から香港に住んでいる“香港人”の勢力と、北京政府の息がかかった香港の新勢力との対立に、清朝末期の香港領有権にまつわる伝承なども絡みつつ、その対立の中で主人公・別府勇午が“交渉人”となって活躍する、といったものです。
勇午(7) (アフタヌーンKC)勇午(7) (アフタヌーンKC)
(2012/11/05)
真刈信二、赤名修 他

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(以下、「勇午」単行本7巻、8巻より抜粋)
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今回のテーマの一つでもある“香港人”という事について。
それについて語る前に、この「勇午」という作品、また「真刈信二原作の作品」という事について先に触れておきましょう。

「勇午」という作品は、上記のWikiの概要にもありますように、“交渉人”別府勇午が世界を渡り歩いて交渉という仕事に命を懸ける、というストーリーです。おそらくこの作品を十分に理解する為にはある程度の世界史国際政治の近現代史、および地理の知識が必要だと思います(まあこの作品の内容によって、逆にそれらを学ぶ事が出来る、とも言えますけど)。特に欧州を舞台にした話などにそういった傾向が顕著で(8〜10巻の英国編、15〜17巻の東欧編、20〜21巻のパリ編など)、舞台背景や状況設定が相当ややこしいです。実はその「ややこしさ」も、この「勇午」という作品の一つのウリでもあり、ストーリー設定や演出のキーポイントとなる事も時々あります。

そして、なんと言っても「真刈信二原作の作品」の一番大きな特徴というのは「意外性」だと思います。

ですから、様々な形で「意外な物」を持ち出してきて、例えばそれは「(日本とは異なる各国の)社会文化、もしくは価値観」だったりするのですが、そういったものを利用してストーリーを盛り上げていって、また、急展開「意外な方向」へ話を飛躍させたりします。まあ、そういった演出を多用する以上は「あまりにも無理のある展開」とか、「あまりにも強引な結末」とか、そういう場面が増えてしまうのは宿命的とも言えます。「意外性」ばかりを追求した挙句、『これは推理小説か何かか?』と言わざるを得ないような展開の話も多々目にしました。

あと「勇午」という作品について言えば、主人公・別府勇午の「個人的な感情表現シーン」がほとんどない、という事も気になります。意図的にそのようにしているのかも知れませんけど。交渉という仕事においての「感情表現」は多々あるのですが、勇午自身が抱いている「好き、嫌い、欲しい、寂しい」などの表現シーンはほとんどありません。ですから勇午という存在は、言ってしまえば「記号化された“交渉人”別府勇午」であり、「生身の人間」としてはあまり私の目には映らないんですよねえ(「生身の人間」として、「痛い!」という表現シーンだけはお約束の拷問シーンのせいでメチャメチャ多いんですけどw)

あと真刈作品の特徴としては「尻すぼみが多い」という事ですかねえ。
私が「勇午」を楽しく読めていたのは2000年代前半ぐらいまででしたし、「オフィス北極星」も前半とは打って変わって終盤はかなりグダグダな形でしたし、「夢の掟」に至っては、あっという間に打ち切られてしまいましたしねえ。
あ、「クライシス 危機管理の男」は一応最終回までちゃんと描かれてましたね。

とりあえず真刈作品の特徴の解説としては、ここまでにしておきます。

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話を「香港」について、に戻します。

上記の作品内で『俺は香港人として闘っている』と喋っている黒髪の男は、香港の“黒社会”(=マフィア、ヤクザ)のボス、洪薫(ホンファン)という男で、主人公・勇午の交渉相手です。

ちなみに私自身は、実際に香港へ行った経験はありません。北京と上海には何度か行った経験はありますが。

実際に行った事も無い人間が言っても説得力があるのかどうか疑問ですが、また作品内で述べられている勇午のセリフの中にも、そういったセリフがありますが、
“香港人”などというものが本当に存在するのだろうか?
というのが今回の「香港民主化デモ」に対する私の率直な疑問です。


確かに今現在、香港で民主化デモをしている人々を指して“香港人”と呼ぶべきなのかも知れませんが、彼らは本当に“香港人”と呼べるような人々なのでしょうか?

報道などによると、デモが始まった頃と比べて、今はかなり民主化デモの熱は冷めているらしい
(※と思っていたら、ここへ来て再びデモに人々が集まってきているらしい。しかし、その結果については「懐疑的である」、という私の認識に変わりはありません)

前回のブログ記事で 「香港の抗議活動」を伝えるNHKの報道スタンス を解説しましたが、そこでは中共NHK
『民主化と、(経済)と、どっちが大事なんだ!』
という恫喝を持って、香港の人々にプレッシャーを掛けていました。

そして実際、香港の人々にとって、その中共(日本でのNHK)のプレッシャーは相当効いたのでしょう。

香港に行った事の無い私でも、なんとなく分かります。
『経済(金融)の繁栄があってこそ、香港である』などという事は。
経済(金融)こそが香港の生命線である事は間違いありません。そこを突かれれば、香港は全く抵抗する術を失ってしまうでしょう。

これはある意味、日本に対しても同様の事が言えます。特に「敗戦後の日本」という国は「経済発展」という事以外には全く目もくれずに生きてきたような国です。だからこそ、少し前まで頻発していたシナ国内における「反日デモ」など、そういった日中の国際紛争が起きる度に、(今回の香港の場合と同じように)中共政府は
(中国との貿易その他の利権)が惜しくないのか!』
という恫喝を繰り返し仕掛けてきた訳です。

経済を人質にして恫喝する」

別に日本や香港に対してのみならず、こういったシナによる恫喝はどこの国に対してもある程度の効果はあるのでしょうが、シナという国と隣り合わせにいて、しかもシナとの経済的な結びつきが強い日本や香港に対しては、特に「経済発展」が至上命題でもあるかのような日本や香港に対しては、こういった恫喝が一番効きます。

しかし、まあこれは多少希望的な要素も含まれますが、我々日本人は“香港人”とは違います。

我々は「しっかりとした歴史と伝統があるからこそ、日本人なのです。

翻って見て、“香港人”はどうでしょうか?

19世紀に英国の植民地としてスタートした香港。そこに住んでいる人々に、我々日本人が抱いているような歴史観や伝統意識があるとは到底思えません。もちろん日本の皇室のような存在も全くありません。

「香港の民衆が蜂起して英国からの独立を勝ち取った」というのならばまだマシだけれども、「香港返還」でさえ、そうではありません(むしろ意識としては「香港返還」というよりも「シナに併呑される」という意識のほうが強かったのではないでしょうか?)。


“何々人”などと呼ばれるべき存在は、「外敵と戦った事のある人々。戦争した事のある人々」であるべきで、香港はそうではありません。
少なくとも台湾は、中共と対峙する軍隊を持っているからこそ、台湾人としてのアイデンティティを保持していられるのです。
しかし、香港にはそれが無い。


勇午の作品内でもそういった場面がありますが、「返還を目前に控えて、海外に資産を持ち出して亡命を図る」などという発想が自然に出て来るという事自体、まさに
「“香港人”など、実際には存在しない」
という事を証明しているようにも思えます。



さて次に、香港繋がりという訳でもありませんが、英国の話に移ります。

「スコットランド独立」問題で、にわかに脚光を浴びました英国の民族問題ですが、まあ国民投票が不発に終わって以降はあまりメディアで取り上げられる事もなくなりました。

ちなみに青山繁晴さんなども、この問題を日本の国連・常任理事国入りなどと絡めてかなり大きく取り上げていたように感じました。

後付けで言う訳でもないのですが、私は案外楽観的に見ていました。それよりも、英国の民族問題と言ってすぐに想起されるのは、10~20年くらい前の感覚で言えば
「北アイルランド問題」
だったと思うのですが、最近は日本のメディアではほとんど耳にする事は無くなりましたよね。

まあ私は英国に関しても、実際に足を運んだ経験がある訳じゃありませんので(しかも英語力も相当低いので)詳しい事情など全然知りませんけれども、そういった民族問題と日常的に接している英国が、「スコットランド独立」問題で下手を打つなどと、私にはあまり想像できませんでした。


と言う訳で、ここでもう一度「勇午」を取り上げます。
「勇午」の中で取り上げられる英国の話は、やはり「北アイルランド問題」です。
と言うよりも、ズバリIRA(アイルランド解放戦線)」の話です。

(以下、「勇午」単行本8巻、9巻より抜粋)
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上記の作中では「ダッカ・ハイジャック事件」への指摘があったり、あと、ロイズ(英国の保険市場)の話などが出て来ています。

「ダッカ・ハイジャック事件」は日本人にとっては知っておくべき重要な事件だと思うのですが、マスメディアの口からそういった話を耳にする機会はほとんどありません。

あとロイズと言えば、この話の流れで言うと、やはり「パイナップルARMY」と同じ作画者(浦沢直樹)の「MASTERキートン」を思い起こす方もいらっしゃるでしょう。

ちなみマンガ作品でIRAが大きく取り上げられるのは「勇午」か「パイナップルARMY」くらいのもので(私の予想では多分ゴルゴ13あたりでも取り上げられているのかも知れませんが、私、マンガマニアとか言ってるくせに実はゴルゴ13には疎いのですw)、その辺の事も含めて、詳しくは次回の「パイナップルARMY」の記事で書きたいと思います。

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マンガで見る「外国」。原作者「真刈信二・工藤かずや」後編

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前回の記事、マンガで見る「外国」。原作者「真刈信二・工藤かずや」前編。香港 の続きになります。

前回の記事の中でも予告しておきましたように、今回取り上げる「マンガ原作者」工藤かずや、そして取り上げる作品は「パイナップルARMY」です。

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(1986/04)
工藤 かずや

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※パイナップルARMY Wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%ABARMY

さっそくですが、正直に言いますと、『前回の記事の続きです』というのは、実はウソです。

マンガで見る「外国」
前回の「勇午」と同様に、「パイナップルARMY」がそういったジャンルの作品であることは事実ですが、「パイナップルARMY」という作品を論評するにあたっては、その事を第一義に置くべきではありません。

いや。確かにその「外国が舞台である」という舞台設定は、非常に重要です。非常に重要である事は間違いないのですが、前回論評しました「勇午」という作品は、まさに「それこそがウリ」という作品であった訳ですけど、この「パイナップルARMY」の場合は「勇午」には無い「骨太なヒューマンドラマ」とも言うべきドラマ要素が豊富に盛り込まれており、「外国が舞台である」などという舞台設定は、ドラマを盛り上げるための一つの要素として用いられているに過ぎないのです(まあこんな事は別に、取り立てて説明する必要も無い当たり前の話で、「勇午」という作品が少し特別であるだけの事なんですけど)。

また、前回の記事の終盤に書きました、「北アイルランド問題」、更には「IRA(アイルランド解放戦線)などについても、この「パイナップルARMY」で取り上げられていますし、それ以外の世界各地のテロ組織、またはそれらのテロを取り締まる組織なども作品内で多々取り上げられていますが、今回のこの記事では、別にそれらの実情や世界各国の国情などについて書きたい訳ではありません。

そもそも、ただのしがないサラリーマンである私が、そんな頻繁に外国に出向いていける訳もないですし、そういった外国の知識は私にはありません。
私が今回やりたかった事というのは、ただ純粋に、
「原作者・工藤かずや」と、その代表作「パイナップルARMY」について論評する
という事であって、まあ香港の話や「勇午」に絡めて、『この際だから、一緒に書いてしまおう』などといういい加減な発想が頭に浮かんで、前回と今回はこのような形で「前編・後編」とシリーズ化していますが、今回の「パイナップルARMY」の記事は前回とは全く趣の異なった内容になる事をあらかじめご了承頂きたいと思います。


前回の記事で、私はこの「パイナップルARMY」という作品の事を、
その当時(1985~1988年頃)一番好きなマンガだった
と書きました。

もちろん、その頃は単行本も全巻(全8巻)持っていたのですが、私もこれまで幾度となく引っ越しを繰り返してきまして、その都度大量のマンガ本を古本屋で処分しては、また少しずつ増えていき、次の引っ越しの時にまた大量に処分する、という事を繰り返してきました。

そんな訳で今、私の手元にある「パイナップルARMY」は、後年になって揃え直した文庫本バージョンです。

その文庫本1巻の巻末に、「新宿鮫」の大沢在昌氏によるエッセイが載っていまして、この文章がまさに『我が意を得たり』といった内容のもので、その文章を借りて、
「パイナップルARMY」とは如何なる作品か?
という事をまずは紹介させて頂きます。

(まず最初にWiki 「パイナップルARMY」のあらすじより抜粋して転載)
主人公ジェド・豪士は世界各地の戦場を渡り歩いた元傭兵。傭兵を引退した彼は、民間の軍事顧問機関である「CMA」に転職。戦闘インストラクターとして、多様な事情を持つ人々からの依頼により、それぞれの戦場で生き延びる道をレクチャーする。

(以下、文庫本1巻巻末の大沢在昌氏のエッセイと、作品中の各場面を抜粋して転載)
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 負けた、とまず感想を述べておこう。本稿のために「パイナップルARMY」全八巻を改めて読んだとき、そして息もつかずに全巻を読み終えたときに、私が抱いた気持ちだ。
 ハードボイルド、冒険小説、どちらでもよい。男たちの物語が好きで、男たちの物語を紡ぎたくて、小説家をめざした私だが、この世界は、決して小説で書くことができない。
 いや、書くことはできる。しかしそれぞれのエピソード、コミックでは二十四頁で表現されている物語を、もし文字のみで描こうとするなら、優に四百字詰の原稿用紙で二百枚近くを要するにちがいない。
 もちろんそれ以下の枚数でも、ストーリーの流れを追うことはできるだろう。しかしそうすれば情感もなく、風景も、登場人物たちの背景も、はしょらざるをえない。結果、いかにも物足りない作品になってしまう。
 世界各地を次々と移る舞台、さまざまな政治情勢、多様な人種とその歴史、それらの物語の背景となる要素があってこそ、決して表舞台に立つことのない、元傭兵、戦闘インストラクター、ジェド・豪士の活躍は生きている。
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(中略)
 無名だがしかし、ひとりひとりの胸の中に戦う理由を秘めた男たちや女たちを、きっちり描き分け、迫ってくるのだ。
 はっきり書いてしまおう。
 私はこういう小説が書きたい。だが書けない。というより、これほど多くの情報と物語を詰めこみつつ、シリーズとして成功させるのは至難の技であることを知っている。
 たとえば、ジェド・豪士。一見さえない、ぼんやりとした表情の東洋人。いかにも、という二枚目ヒーローとはほど遠いキャラクターは、小説的ですらある。しかし、多くの小説がそこで物語の流れを停滞させる、主人公の過去に関する描写は、まったくおこなわれない。
 日系人と称しているが純粋な日本人であろうこと、年齢は三十代後半のどこか。絵から入る情報はそれだけだ。そして充分なのだ。
 彼がなぜ傭兵部隊に身を投じたのかは、一切、語られることはない。なのに、彼が人を殺すことに倦んでいることは、はっきりと伝わってくる。
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 彼のスピリットは、ハードボイルドのそれである。傍観者であることを望む。戦闘の方法はレクチャーするが、決して自分自身は加わらない、というルールにこだわりつづける。しかし、ふりかかる火の粉を払うのはいとわない。
 エピソードのひとつひとつは、計算され、抑制がきいている。浦沢直樹氏の画風は、ぴったりと合っている。もしこれが、シャープな描線の、劇画的な絵柄であれば、戦闘シーンはむしろ作りものめいた描写となったろう。
 スタイルは決して新しいものではない。エンターテインメントの基本、無関係を望むヒーローが、しかし無関係ではいられず、トラブルとかかわっていく。戦いに巻きこまれた、男たち女たちの悲哀。立ち去っていく豪士の、ずんぐりとした背中にも、それが浮かびあがってくる。
 しかし決してあたらしくはないそのスタイルを、世界各地を舞台にして成功させた作品は、そうはないのである。
(中略)
 マンガは怖ろしい勢いで進化し、そして小説では果たしえぬ手法を武器に、娯楽文化の中枢をになっている。
 もちろん、あらゆるマンガが、小説を越える手法をもっているわけではない。あたらその手法を無駄にしている作品も数多くある。
 かくいう私も、マンガの原作者として、いくつかの作品に挑戦してきた。小説とマンガのちがいについては、さんざん勉強させられたつもりだ。
 その勉強の結果が、この「パイナップルARMY」は、決して小説では書きえない傑作である、という結論をもたらしたのだ。
 では、マンガの原作者として「パイナップルARMY」を越える作品を生み出すことができるのか、と自分に問おう。
 困難である。だがいつか、こうした傑作を生み出したいとは願っている。マンガの原作であれ、小説であれ、書き手としての「闘志」が、こうした傑作にぶちあたったとき、私の中で燃えあがる。私は幸福な読者である。(終)


さすがにプロの物書きだけあって、大沢氏は「パイナップルARMY」という作品について的確に論評しています。

私が付け加える事など、もうほとんど残っていないのですが、まあ、あとは私なりの個人的な論評なども少し書き加えておく事とします。

大沢氏は小説家なので、自分の本職である「小説」という観点から「パイナップルARMY」を論評していますが、この作品を目にした事のある一般的な読者の感想からすると、多分最初に頭に浮かんだ事は『なんだか映画っぽい作品だなあ』という感想だと思います。

それは別に『ジェフリーはどう見たってエディ・マーフィーだろ!?』といったような話ではなくて(他にも作中、洋画の俳優を模したキャラクターが度々登場しますけどw)、作品作りのコンセプトとして、「映画的な演出および場面構成」が取り入れられていると見るのが、ごく一般的な感想なのだろうと思います。

マンガオタクである私からすれば、マンガという表現手法を「まるで一つの映画作品を見ているような気分にひたれるぐらい」、そこまで作品としての完成度を高めたという事に対して、純粋に尊敬の念を抱きます。



前回の記事では、「今行なわれている香港の民主化デモ」と関連して、「時期的な要素」という言葉を使用しました。
その言葉の使い方とは意味合いを全く異にしますが、「パイナップルARMY」という作品を語るにあたっても、「時期的な要素」という側面から論評しておきたいと思います。

この「パイナップルARMY」が連載されていたのはWikiにも書いてありますように、1985~1988年の約3年間です。

時代的には冷戦末期の頃で、作中でも東西の冷戦構造が大前提として状況設定がなされています(まあ最終回、と言うか最後のシリーズ作品では、その辺りにも面白い演出がなされていますが、ネタバレになりますので、そこは伏せておく事にします)。

東西冷戦の事はともかく、私がこのカテゴリで何度か指摘している事として、
1990年頃を境にして、日本の言論空間は左側へ急旋回した
という私個人の認識があります。
(※過去記事のリンク)
久々の幕末関連ネタ及び森田信吾(マンガ家)について 後編(2013/04/21)
村上もとか・第2回『龍-RON-』と満州国関連の話(2014/04/03)

その事と関係があるのかどうか?ハッキリとは分かりませんが、この作品以降、「傭兵のプロ」が主人公になるような話はあまり見かけなくなりました。少なくともメジャーなマンガ作品としてはあまりありません(前回の記事の終わり際にも少し触れましたけど、「ゴルゴ13」は例外と言えるのかも知れません)。

しかも「戦争の悲惨さ」ばかりを強調するような「傭兵マンガ」であるならまだしも(「日本の言論空間」には受け容れられやすいのだろうけど)、この「パイナップルARMY」という作品の場合、よりにもよって基本的なコンセプトが「ヒューマンドラマ」であるのだから、「傭兵のプロ」=「戦争のプロ」が主人公では、連載を続けていくのはなかなか難しかっただろう、と推察できます。

そういう意味では、「1980年代」というのは「幸せな時代だった」と言えるでしょう。
おそらく、今の若い人がこの「パイナップルARMY」を読んでも、私がその当時味わっていたような「面白さ」は、ほとんど味わう事はできないでしょう。


話は全然変わりますが、私はこの作品を語るにあたって主に「原作者」に焦点をあてて解説をしていますけれど、一般的には原作者である工藤かずやよりも、作画者である「浦沢直樹」のほうが有名だと思います。特に若い人であれば、その傾向が強いと思います。

しかし私はダメなんですよ。
私にとっての「浦沢直樹」のベスト作品は、もちろん「パイナップルARMY」で、多分そんな人間は世界で私一人なのだと思いますけど、他のどの浦沢作品を読んでも「パイナップルARMY」より面白いとは感じられないんですよ(純粋な「画力」、という面の評価はともかくとして)。

「その時代に生で感じていた(見ていた)から」とか、「今の時代(もう、ありとあらゆる表現手法がやり尽くされてしまっていて)、昔の名作映画を超えるような映画を作るのは難しい」とか、そういった格言に象徴されるような「時期的な要素」(時代的な要素)も関係していると言えるのかも知れませんが、『「パイナップルARMY」が名作である』という私の思い入れは、おそらくそんな特殊なものではなくて、「名作と言われるような作品には、普遍的に備わっている物語の要素」が、ごく自然と作品の中からにじみでているという、ただそれだけの事に過ぎないと私は思っているんですよ。

とりあえず私の好きな話を、一つ紹介しておきましょう(もちろん、ネタバレは極力避けるようにしています)。

(以下、「パイナップルARMY」の「泣く男」という話から、一部を抜粋転載します)
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ストーリーの極一部しか紹介していませんので、なかなか話の内容は想像できないかも知れませんが、独特の雰囲気だけは伝わったと思います。


さて、それでは工藤かずやという原作者について、「パイナップルARMY」以外の作品も少し補足しておきましょう。

工藤かずやWiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A5%E8%97%A4%E3%81%8B%E3%81%9A%E3%82%84

私は「パイナップルARMY」を読んでいるのとほぼ同じ時期に、ビッグコミック・スペリオールでこの「信長」を読んでいまして、私はそれで完全に「原作者・工藤かずや」にハマリました。

信長 1 (MFコミックス)信長 1 (MFコミックス)
(2003/07/23)
工藤 かずや

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ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、この「信長」という作品は史料画像の著作権が問題になって、その当時発行されていた単行本(小学館版)は「最終巻のみ、発行されず」という異常な状態に追いやられていました。ですから小学館版の単行本は今ではほとんど世間に出回ってはいません。現在はメディアファクトリー社から全8巻が改めて出版されています。

概ね織田信長の史実をそのまま踏襲した内容と言えると思いますが(もちろん劇画的(マンガ的)な演出はそこかしこに見られますが)、信長のカリスマ的なキャラクターと工藤氏の原作が非常にマッチして、マンガ作品としてはかなり秀逸な出来に仕上がっていると思います。もちろん、以前「男組」を少しだけ取り上げた時に指摘しましたが、「絵師・池上遼一先生」の作画あっての作品だとも思っています。


「工藤かずやと池上遼一」コンビと言えば「信長」だけに限らず、前回の記事でも少しだけ触れました、「舞」という作品もあります。
舞 1 (MFコミックス)舞 1 (MFコミックス)
(2006/10)
工藤 かずや

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当時(1985、86年頃)私は少年サンデーを読んでいましたので、この作品も私は読んでました。当時は「メチャメチャ好きな作品だった」という訳でもありませんでしたが、「信長」と同じコンビという事で後に単行本を全て揃えたものの、今現在は手元に残っていませんので、詳しく解説する事は出来ません。まあ少年誌の作品ですからね。内容はそれなりに(当時としては)面白かった記憶があります。


あと、これは『作品名だけは聞いた事がある』という人がいるかも知れません。
極道ステーキ 1巻極道ステーキ 1巻
(2013/09/20)
土山しげる、工藤かずや 他

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タイトル名だけは強烈な印象に残る」という、ややイロモノ的な作品ですが、「ヤクザの世界」を描いた青年誌のマンガ作品です。
私も10数年前に、漫画喫茶で全巻イッキ読みしたはずですが、内容はあまり憶えていませんw
とりあえず終盤はグダグダな形になって終了した記憶だけは残っていますw


あと最後にもう一つ。「新選組」です。
新選組 2 (MFコミックス)新選組 2 (MFコミックス)
(2003/12/22)
工藤 かずや

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今でこそ、私はそれなりの「幕末マニア」になってしまってますが、当時(1990年頃)はせいぜい司馬遼太郎の「燃えよ剣」を読んでたくらいのもので、あまり幕末の知識はありませんでした。それで当時は、この「新選組」というマンガはかなり面白い部類に入る作品だと思っていました。

と言うか、当時何に一番驚かされたかと言うと、作画者である「金井たつお」が、あの「ホールインワン」「いずみちゃん グラフィティー」など美少女・パンチラ物を描いていた「金井たつお」が、『こんな凄い剣さばきの劇画が描けるのか!』という事に一番驚愕しましたw

ちなみに、私が知らないだけかも知れませんが、「新選組」を扱ったマンガで「秀逸な内容の作品」というものにあまりお目にかかった事がありませんので、かえってこの「工藤かずや・金井たつお」の「新選組」が光って見えてしまうのかも知れません。しかしまあ、不思議な話ではありますよねえ。「新選組」のマンガなんて、いかにももっとたくさん出されていてもおかしくないとは思うのですが、なぜかあまり見かけないんですよねえ。

しかも、です。この「工藤かずや・金井たつお」の「新選組」でさえ、「山南切腹」で事実上ストーリーは終わってしまっていて、いかにも終わり方としては消化不良な形なんですよ。と言うか、正直「史実うんぬん」にこだわる人にはあまり馴染まない作品であるのも事実です。工藤かずやらしく、ひたすら「男くさい」演出にこだわった「新選組」作品になっていますから。
(※ちなみに同じ工藤かずや原作の「新選組」作品として「THE EDGE 新撰組」という作品もあるらしいので、以前少しネットで調べてみた所「かなり微妙」な雰囲気の作品でしたので、ここではスルーしておきますw)


工藤かずや原作の作品を評するにあたって、総じて言える事は
骨太な原作・脚本である」
という事だと思います。

「骨太」などという言葉を使うと抽象的過ぎてよく分からないかも知れません。
似た傾向の物書き(原作者・脚本家・小説家)の名前を挙げるとすれば、
隆慶一郎の作品」
マンガ作品では「花の慶次」が有名ですが、他にもいくつか時代小説を手掛けています。それら隆慶一郎の作品に見られる特徴も「骨太」という事だと思います。

ただし隆慶一郎の場合は「ヒューマンドラマ」といったような形での「骨太」表現は少なく、その大半は「男(漢)のドラマ」という形での「骨太」表現に限定されます。

「パイナップルARMY」という作品が、「希有な存在」として私の記憶に留まり続けているのは、
「ヒューマンドラマ」「男(漢)のドラマ」という二つの「骨太」が、絶妙なバランスでもって作品を肉付けしている、
という所に、おそらく理由があるのだと思います。

このような作品に出会える機会は、昔であればともかく、近来では極めて稀です。



そんな訳で、最後にもう一度、「パイナップルARMY」について書いておく事にします。

この作品の終盤は「テロ組織との闘い」という事に話の軸が移っていきます。

今から四半世紀前の時代の話なんですけどね。ISISなどが台頭してきている今の時代と、あまり本質は変わっていないようにも感じられます。

ちなみに「パイナップルARMY」の終盤に出て来る「テロ組織」の中枢人物が実は「日本人」で、テロ組織と闘う側のエース(最後の切り札)も「日本人」という、今の時代にそんな話を書いてしまったら、『ありえねえ~よ!』といった反応で埋め尽くされてしまうのかも知れません。

当時の時代風潮としてはアリだった「世界で活躍する(?)日本人」という舞台設定。

ただし「パイナップルARMY」という作品自体については、前回の記事でも少し書きましたように、日本に関係する描写はほとんどありません。上記で私が抜粋して載せている「日系人女性」の話と、パリでの日本庭園の話は例外中の例外であって、通常のストーリーではほとんど日本に関係する描写は出来てきません。上記で大沢氏も書いているように、主人公ジェド・豪士が傭兵になった過去についても、作品の中で触れられる事はありません。

この作品は一応主人公が日本人ですが、良くも悪くも「日本」にコダワル姿勢はかなり薄いです。
その姿勢をどう受けとめるのかは、読者によって様々でしょう。少なくとも当時の私は、何の抵抗もなく受け容れて読んでました。そして純粋に「物語の面白さ」を味わっていたのです。


長くなりましたが最後に、物語が最終局面に向かって進んでいる場面の一部を紹介して、今回の「マンガ関連の記事」の締めとさせて頂きます。興味をお持ちになった方は是非単行本を買って読んでみて下さい。

(以下、「パイナップルARMY」の「その男・・・」という話の冒頭部分から、一部を抜粋転載します)
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(以下略)

(終)

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注目の在特会報道。NHKもダメだが最悪なのはTBSと辛坊治郎だった

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私は3週間前にこんな記事を書きました(関連記事のリンクも貼っておきます)。
「いわゆるヘイトスピーチ」と在特会とNHK。ついでに橋下市長も(2014/09/28)
前回の在特会に関係する記事の補足です(2014/10/03)

(以下、9月28日の記事より抜粋)
これは興味深い話題ですね。
橋下がどのように対応するのか?も興味深いが、更に興味深いのは、マスゴミ、特に『NHKが、その事をどのように報道するのか?』という点です。

もちろん、在特会の桜井会長がどのような会談成果を得られるか?という点が一番重要であるのは当然の事です。(以下略)


まず最初に、私の専門分野であるNHK報道について触れておく事にしましょう。

まあ、NHKの報道姿勢は予想通りです。
過去に2chのNHK板などで散々書いた事がある「NHK報道の特徴」として、NHKにとって都合の悪いニュースで、しかしながら『一応放送してアリバイ作りだけはしておかないと、後々突っ込まれた時に面倒くさい』といったニュースは、『深夜早朝、もしくはBSニュースや短いニュースにスポット的に突っ込んで放送する』といったパターンが多い。

今回の関東エリアにおける在特会・桜井会長と橋下市長の会談ニュースの扱いが、まさにそうだった。

もちろんニュース7ニュースウォッチ9も完全スルー状態。

放送したのはこの朝4時30分からの「おはよう日本」のニュースのみだった。
(※それ以降の時間の「おはよう日本」では一切触れられる事はなかった。この4時台のみ限定のニュースだった)

(NHK公式サイトより。公式サイトにも動画あり
橋下市長 差別巡り在特会と面会 10月20日 21時39分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141020/k10015551371000.html
ヘイトスピーチと呼ばれる民族差別的な言動や行為を巡って、大阪市の橋下市長は、在特会=在日特権を許さない市民の会の会長と面会しましたが、互いにみずからの考えを主張するのにとどまりました。
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ヘイトスピーチと呼ばれる民族差別的な言動や行為について、大阪市の橋下市長は「表現の自由を超えている」などとして、人権問題に関する市の審議会に、市内で行うのを制限するための具体策を検討するよう諮問しています。
大阪市役所での面会は先月、在特会側から要望があったのを受けて行われ、在特会からは桜井誠会長が出席しました。
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この中で、橋下市長は「民族や国籍をひとくくりに評価する発言は大阪ではやめるべきだ。参政権を持たない在日韓国人に言うのではなく、国会議員や政府に言うべきだ」と指摘しました。
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これに対し、桜井氏は「朝鮮人を批判することがいけないことなのか。何の権限があって大阪市長が言うのか」などと反論しました。
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さらに、橋下市長が「きちんとした政治的主張と通常の表現の自由で収まるような主張に変えるべきだ」とと求めたのに対し、桜井氏は「われわれは民主主義のルールに基づいてデモ行進をしており、民主主義や言論の自由を否定するのはやめるべきだ」と述べました。
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面会では、相手の呼び方を巡って橋下市長と桜井氏が詰め寄る場面もみられ、結局、互いにみずからの考えを主張するのにとどまって10分足らずで終わりました。(以下略)

関東エリアにおける言論封殺状況の酷さ」という事についても、私は以前から何度か指摘してますが、今回のこの件も、その酷い有り様が全く改善されていないと言う事を物語っています。

早朝のみの扱いで、しかも両者の生の声は一切放送電波には乗せないという有り様だった。


ただし、関西エリアでは一応NHKもそれなりに会見の内容を詳しく放送したらしいです。というか、これは今日放送した関西のニュースなのかな。
【ニコニコ動画】<NHK> 橋下市長が「在特会」と面会

(NHK公式サイトの関西ニュースより。ニコ動と同じ動画が公式にもあります
「在日攻撃やめてもらいたい」 10月21日 12時33分
http://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20141021/5546771.html
大阪市の橋下市長は、記者団に対し、いわゆるヘイトスピーチをめぐり、20日に在特会・在日特権を許さない市民の会と面会したことについて、「今後は、在日韓国人への言葉による攻撃はやめて僕を攻撃してくれればいい」と述べました。
大阪市の橋下市長は20日、在特会の桜井誠会長と10分近く面会し、ヘイトスピーチと呼ばれる民族差別的な言動や行為をめぐって、意見を交わしました。
これについて、橋下市長は、記者団に対し、「彼らの宣伝に使われず、一方的に主張だけを述べさせないよう、応対の仕方や打ち切り方を考えて行ったつもりだ。あのような場で、論理的に意見交換して解決するなんてあり得ない」と述べました。
そのうえで、橋下市長は、「一番重要なことは、直接、話を聞いて、こちらが責任を引き受けたことだ。
僕は、攻撃をやめるなら、対応すると言ったので、今後は、在日韓国人への言葉による直接的な攻撃はやめてもらいたい。僕を攻撃してくれればいい」と述べました。
また、橋下市長は、特別永住者制度について、「在特会の論理と表現は、一切許さないが、特別扱いは、差別を生む要因にもなるので、機が熟したならば、特別扱いはなくして、通常の永住者制度に一本化していくべきだ」と述べました。(終)

NHKも(特に関東では)酷かったのだが、今回のブログタイトルにもあるように、それよりももっと酷かったTV局が他にあるので、今回はNHKに対する論評はここまでです。


それよりもまず、私自身が感じている今回の「会談」についての感想を述べておきます。

正直な所、『概ね成功裡に終わった』と思っています。
私は桜井会長が何か誤った反応を示したとは思えなかったからです。
また、私が以前から主張している『この問題はもっと多くの人に知られるべき』という事も、今回の件でかなり前進したと言って良いでしょう。

このブログに来ているような人であれば、もう既にyoutubeニコ動で会談の一部始終(と言っても10分程度の話ですけど)を見ているでしょうから、ここには敢えてリンクは貼りません。


元々桜井会長にとっては分かりきっていた話で、だからこそ昨日の会見に先立って「現場に来ていたマスゴミどもに対して(と言うか朝日・毎日・NHK・共同通信に対して)きつく説教をしていた訳で、桜井会長は橋下との会談ニュースを切り貼りされて「印象操作」に使われる事など、先刻承知の事だった。

その最悪の「印象操作」を垂れ流していたのがTBSと、読売の辛坊治郎だった。
まさにTVマスゴミの最悪な部分を凝縮したような報道内容だった。


まず、TBSについては、ニコ動に昨夜のニュース23の報道が上がっていたが、既に削除させられている。
そして、本日の(関西エリアの)MBS「ちちんぷいぷい」で「在特会・桜井会長と橋下市長の面談」について特集が組まれていたようで、これもニコ動に動画が上がっている(現段階ではまだ削除されていない)。
【ニコニコ動画】「在特会」を関西ローカル局で安田浩一が偏向解説。

具体的な事例を一つ一つ挙げて突っ込むのもアホらしいが、何よりこのTBSの2つの番組(ニュース23と、ちちんぷいぷい)が最悪だった点は、
ニュースのゲスト解説者が「安田浩一である」
という点で、もうそれだけで、これ以上の説明は不要でしょう。

しばき隊のお友達の安田さん。在特会のおかげで仕事がガッポリ入ってきておめでとうございますw


TBSも最悪なのだが、これよりも更に酷い「印象操作」報道をしていたのが、これも関西エリア限定ですけど、読売テレビ「朝生ワイド す・またん!」の辛坊治郎だった。
10/21 橋下派読売TVの【橋下徹vs在特会】の放送
https://www.youtube.com/watch?v=l6QmZASyPOM
【ニコニコ動画】「在特会がこういう連中なんだということがよく分かって良かった」

これはもう「印象操作」なんてレベルじゃなくて、まさに「捏造報道」と言っていいレベルの放送ですわ。

在特会へのレッテル貼りのみ。
そして橋下に非常に都合良く編集して、橋下の暴言などは一切カットしてある。


いや、もうね。
何が凄いって、これ、関西エリアでの放送なんでしょ?関西エリアでは昨日の内に、会談の様子をほぼ全編ノーカットで放送していたテレビ局もあったらしく、
「橋下徹大阪市長と桜井誠在特会会長」
https://www.youtube.com/watch?v=wJnX5K_1Oqs
また、関西では注目度の高いニュースであるだけに、他局のニュースなどで会談の様子を見た視聴者も大勢いるだろう。
と言うか、一番呆れるのは、youtubeの動画でさえ少なくとも60万回は再生されていて、ニコ動やその他のネット動画を含めれば100万人近い人々が、あの会談の中身を見ているはずである。

逆に読売テレビの辛抱のニュースを見ていた人のほうがよっぽど少ない人数であったに違いない。

それなのにこれ程までに「酷い、そして恣意的な報道(もどき)」番組を公の電波を使って垂れ流すというのは、一体全体どういうつもりなのだろうか?

そりゃまあ、テメエのお友達である「橋下」擁護の為、以外の何物でもありませんわな。

だから、マスゴミって言われるんだよ。
まだ分からないのかねえ?

この辛坊の放送については、今後何か追及されてもおかしくないレベルの問題放送だと思う。
まあ辛坊については橋下と全く同じで、
「在特会相手なら何をやっても許される(追及されない)はず」
とタカをくくってるはずだから、開き直ってる可能性が高いですね。


あと他に、どこか別のTV局の偏向放送があったら、どなたでも結構ですから教えて頂けると幸甚です。

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「在特会論議」。ネットでは活発化。一般社会にも少しずつ浸透か?

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「桜井誠vs橋下市長」について、前回の続きです。

NHKウォッチャー及びその他TVマスゴミウォッチャー」である私としましては、NHKを中心としたTVマスゴミ共の“いわゆるヘイトスピーチ”報道=在特会報道の姿勢に注目して、この問題を追いかけていました。

あの会談があった日の翌日は、各局それなりにこの話題について放送していましたが、案の定それ以降は全くこの話題について触れる事はなくなりました。

まあTVマスゴミの戦略としては、妥当なやり方でしょう。
彼らはこの問題を“風化させる事”しか考えていないのですから。

その一方で、youtubeの「桜井誠vs橋下市長」動画は150万再生を超えました。
今日になってようやく、再生回数の勢いが衰えてきてますが、それでもここまで伸びれば上出来でしょう。
私の期待を遥かに上回ってくれました。

過去に何度か書きましたように、在特会に関しては、
その情報が世間に拡散される事こそが、一番重要である
と私は思っていましたので、まあ上出来だったと言えるでしょう。


桜井会長自身も、例の“ごろつきメディア”に対する説教の中で、
『あなた達(=“ごろつきメディア”)が本来の朝鮮人問題を外に出さない事が問題なんだよ!』
と述べていたように、この問題においては本来一番追及されるべき連中は、桜井会長や在特会などではなくて、正しくこの問題を報じてこなかった
ごろつきメディア”=マスゴミ
のはずなのです。
141024_0001.jpg
【ニコニコ動画】【マスコミ】激しくスッキリする風景【ざまぁ】
https://www.youtube.com/watch?v=h6mLFir38f0

確かに「朝鮮人問題」自体も重要ではあるけれども、それ以上に重要なのは
日本の“病んだマスゴミ”の体質
なのであって、だからこそは私は『過激だ』『やりすぎだ』と言われようとも、その核心部分を突き崩す原動力となり得る「在特会の存在」自体は肯定的に考えていたのです。

そして、今回ようやく待望の「クリティカルヒット」を叩き出し、情報の拡散に成功したという訳です。
(※ついでに、「橋下という人間」の本性を晒け出させた、というオマケ付きでw)



それにしても、これは私の特殊な見方かも知れませんが、今回の「桜井誠vs橋下市長」問題に関する論議は、少なくともネット上ではかなり活発になってきているように感じられます。

さすがにまだ、在特会に対してコメントをする際には(特に知名度のある人は)尻込みをしているか、もしくは奥歯に物が挟まったような言い方しか出来ない人が多くいるのも確かです。
それでも、特に一般の人のコメントでは、あの「桜井誠vs橋下市長」のやりとりを冷静に受けとめている人も多く見かけるようになりました。

まあ私から言わせれば、Ch桜の水島社長のように、
『少しは当事者である桜井会長の会談後の報告でも聞いてから、持論を打てや』
としか言い様がない頓珍漢な事を言っている連中も幾らか見受けられますが、そういった一部の声を除けば、概ね桜井会長に軍配をあげる見方をしている人が大半だと思います。
141024_0002.jpg
【ニコニコ動画】【情報戦】印象操作の波及効果、ヘイトスピーチ対決とカナダのテロ報道から[桜H26/10/23]
https://www.youtube.com/watch?v=-v4b9_c93Jk&list=UU_39VhpzPZyOVrXUeWv04Zg

当たり前でしょう?そんな事は。

橋下が惨敗して逃げ出したからこそ、その翌日、前回の記事でも書きましたように読売の辛坊治郎がナリフリ構わず「桜井会長への誹謗中傷、橋下擁護」捏造番組を、しかもその番組内で同じ印象操作を3回も繰り返して「失地回復」を狙ったのだから。



『この問題を拡散する事こそが大切だ』と私は繰り返し述べていますが、実はもう一つ見落としてはいけないポイントがあります。

それは、我々日本人に対しての拡散のみならず、
朝鮮・韓国人に対しても、もっと強烈に伝えなければならない、
という着眼点です。

『ふざけた事ばかり言うな』
『あまり日本人をナメるな』


普通の常識として、連中(=朝鮮・韓国人)の常軌を逸した言動に対しては、我々日本人の正直な気持ちを相手に伝える事は、必要な事なのです。

日本のマスゴミ共が、それを正しく伝えさせないから、連中も図に乗るのです。

その「伝える為の手段」(=デモ)が、多少極端であったり、好ましくない振る舞いであったとしても、私達に代わって声を伝えてくれているのだから、建前として褒める事は出来ないとしても、心の中では、少しぐらい感謝する所があって然るべきだと私は思いますよ。

善人面をしていたい人達」に成り代わって、汚い部分を引き受けてくれているのですから。
(まあ、中には「好んでやってる」とか「鬱憤晴らしでやってる」人がいないとは言えないんでしょうけどw)




日韓関係を良くする方法として、私には一つ提案があります。

それは日韓関係の為に朝日新聞を生け贄にする」という方法です。

橋下騒動と夏の参院選(2013/05/18)の記事で以下のような事を私は書きましたが

朝日新聞自らのウソを認めて、朝日新聞が責任を取りさえすれば、全てが丸く収まるという
ただそれだけの問題に過ぎない事でしょう?
(※いっその事、韓国、中国、アメリカなどの、この騒ぎの震源地に対して、日本が『朝日新聞に
  責任を取らせますから』
と、「謝罪する」方が良いのではなかろうか?とさえ私は思いますw)

「いわゆる従軍慰安婦」その他の報道によって、日韓の関係をこじらせまくってきたのは、実際、朝日新聞です。

我々日本人にとっても、そして彼ら(朝鮮・韓国人)にとっても、
『そうだよね。朝日新聞が全て悪かったんだよね』
「朝日新聞一社に全責任を押しつける」事によって、お互いが抱いている相手側に対する悪感情を棚上げする事が出来るではないですか。

たった朝日新聞一社が潰れる事によって、両国の関係が円滑になるなんて、リーズナブルな話だと思うんですけど、どうでしょう?朝日新聞さんw
日韓関係の礎(いしずえ)となる為に犠牲になるのなら、朝日新聞にとっても本望なんじゃないんでしょうか?w

しかも理由もなく言っている話ではなくて、日韓関係をぶち壊した張本人が朝日新聞である事は、自分達も認めた「誤報(=捏造)」でも明らかな話なのですから。


『日韓関係の修復なんぞ、したくない!』と思っている嫌韓感情の強い人達にとっても、『まあ朝日が潰れてくれるのなら仕方がない。良しとするか』と、我慢して受け容れてもらえる、ウマイ話だと思うんですけどねえw

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