処士策論

「処士」(しょし)とは、仕官していない人、民間の人、在野の人のこと

小池新党の事なんかよりも、安倍総理の身辺警護のほうが余程気にかかる

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本日、枝野民進党の左派勢力を分離して新党を立ち上げる事になりました。
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まあ元々民進党(民主党)をひいきにしてきたNHKその他のマスゴミ連中はこれを歓迎するでしょうけど、私にとっては(予想の範囲内であった事も含めて)別にどうでもいい話です。

一方、ネット上で小池新党(希望の党)を応援している一部の「いわゆる保守系」の人からすると、これを朗報(=小池新党から左派を締め出した)として捉えている人もいるようです。

しかし、私はそのように捉えてはいません。

まあ早めに民進党を離党して小池新党に合流した長島昭久松原仁は別としても、これから合流してくるであろう元民進党(民主党)議員の大部分が本質的に自己保身しか考えていないゴミカス連中である事に変わりはありませんので、いくら政治意識の低い(投票率も低い)日本国民といえども、そこまで人物を見抜く眼力が低いとは思えません。

本日の虎ノ門ニュースでは青山繁晴さんも、現在の悲惨な政局を目の当たりにして悲憤慷慨されていました。まあ青山さんに限らず、まともな大人の感覚からすれば当たり前の感覚だと思いますよ、コレは。

【DHC】10/2(月) 青山繁晴・居島一平【虎ノ門ニュース】
https://www.youtube.com/watch?v=f9hXXipn1ZE&t=3s
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私は前回の記事で、
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>私の基本的な政治スタンス、それは(常識的な大人の知性を備えた人間なら皆概ねそうすると思うのだが)
今回の選挙では安倍自民党を支持する
----------------------------------------------------------------
と書きましたが、これは別に偏った意見として書いたつもりは毛頭無く、「今現在北朝鮮危機を目の前に控えている日本の外交、安全保障体制の為」という事だけに留まらず、「自己保身しか考えていない、という事をあからさまに国民の前にさらけ出している野党連中の姿」これを目の当たりにして小池新党なり、枝野新党なりに投票する人間の思考回路が「私には到底理解できない」という想いから書いただけの事です。



話は変わりますが、私がここ2、3年、チャンネル桜のネット動画などほとんど見ていない(青山さんの動画は除く)という事は過去記事で何度か書きました。

ですから、こういったネット動画があった事を昨日初めて知りました。

【緊急特番】希望の党へ!中山恭子参議院議員に聞く[桜H29/9/27]
https://www.youtube.com/watch?v=qwtqXaZCQjE
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この動画の中で語られている中山恭子先生のお話、特に「今回の離党にまつわる事情」については、大体私の予想通りでした。

だからこそ私は前回前々回の記事で書いたように、中山恭子先生がこの動画で仰っている旧「日本のこころ(立ち日、次世代)」系の若手政治家の事を念頭に置いて、合流当初はそれに反対をしなかったのです。

その後一転して私が反対側に回ったのは、旧「民進党(民主党)」の連中が大挙して小池新党に加わる事が決まったからです。

まあ結果的な話として言ってしまえば、仮に民進党の連中が加わってこなかったとしても旧「日本のこころ」の若手政治家が今回の選挙で「自民党議員に対抗して選挙で勝つ」事は難しかったでしょう、多分。

要するに、ハッキリ言ってしまえば「日本のこころ」は、どのみち消え去るしかない運命にあったと言えるでしょう。
(※それは長年応援してきた私にとっても無念ではあるけれど、周辺環境の逆風だけに限らず、我々「いわゆる保守側」の戦略の拙さ、という部分も大いに反省すべきだろう。「チャンネル桜」に頼りきっていた部分などは特に、そうだと思う)
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消え去っていく運命を、旧「日本のこころ」系の若手政治家と共に引き受けよう、という中山恭子先生の政治姿勢は私も、美しいと思う。

しかしそのような美しい姿勢は、小池百合子旧民進党議員とは全く「水と油」と言える程、異質な姿勢である事は間違いありません。

私は彼ら(中山先生たち)に同情はするけれども、政治的に支持する(=一票を投じる)などという姿勢は到底とれません。




さて、ここまで長々と前置きを書いてきましたが、ここからが今回の本題になります。

私が最近一番気にかけているのは、
「安倍晋三総理大臣の身辺警護」(テロ対策)
という部分についてです。
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まあ一民間人である私ごときが心配しても、意味の無い話ではあるんですけれども。

今現在、存立の危機に直面している北朝鮮の側とすれば、(これは私の独断と偏見に過ぎませんが)これほど「狙うべきテロの標的」は他に無いと、そのように思います。

あの兄であるキム・ジョンナムまでテロで暗殺した「あの首領様」からすれば、当然そういった選択肢も考えているのではないでしょうか。
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なにしろ日本はスパイ防止法もないし、更には「朝鮮総連」など在日朝鮮人の活動が自由に許されている「野放しな社会」でもある訳ですから。
(※更に言えば「あの民族」は、これはまあ歴史に詳しい人にとっては常識的な話なのだが「暗殺テロが大好きな民族」でもあり、安重根、李奉昌、尹奉吉、文世光、ラングーン事件と暗殺テロ事件には枚挙にいとまがない)


その手法の一つとして、例えば選挙遊説中の総理を狙う、とか。
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これならある程度、安倍総理の側にも隙が生まれそうな気もします。

いや。
確かに暗殺テロは実行側にもリスクが伴います。

逆にそれが(仮に未遂(失敗)に終わったとしても)北朝鮮に対する攻撃を許す材料になってしまう、というリスクもあります。

しかし、これは例えば「実行犯は反日的日本人」という形であったとしたら、どうでしょう?
(※もちろん「そそのかして使う」という形式を取る事を前提としての話)


更に言えば、それが(仮に未遂(失敗)に終わったとしても)衆院選で自民党大勝のきっかけになってしまう、という(反日側の)リスクもあります。
(※いわゆる「弔い選挙」というパターン)

これについてはおそらく、もしそれが実行されるとすれば、選挙戦終盤、自民党優勢の世論調査が判明した後(そうなればどのみち自民党が勝つ事に変わりはないのだから決行する)という事になるのでしょう。


あまり想像したくはありませんが、もしそれが遂行されたとすれば、選挙には大勝するでしょうけれども、選挙後に安倍総理がいないのであれば、それは日本にとって取り返しのつかない大きな損失になってしまう事は間違いありません。


我々はくれぐれも、今が北朝鮮との「準戦時下の状態」にある事を、忘れてはならないと思います。

そして相手側は「死に物狂い」のはず、なのです。

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには潤沢な資金(税金)があり、更には「映像や音声で直接感覚に訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合、それが至上命令となっておりやり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが3.11以降に垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク1リンク2

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク1リンク2

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民進党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(終)

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立候補者名簿一覧を見たが、やはり事前の予想通り自公が圧勝するでしょ

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さすがに今の時期にブログを書くとすれば、内容はどうしても衆院選の記事一色になってしまいます。

まあ私のブログもご多分に漏れず、そうなんですけどね。

ちなみに私のブログでは、前回までの4回分の記事(9/189/259/2810/2)で「今回の衆院選の本質」について全て述べ尽してしまってますので、実際の所『あとは投票日の当日まで何も書く事はないんじゃないかなあ』とも思っておりましたが、昨日、各政党の立候補者の名簿が公示されましたので、一応その内容を確認してみました。
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私がここ数年ずっと応援してきた「日本のこころ」が今回の選挙で消滅する事をあらかじめ承知しておりますので、名簿内容を確認する立場としては、まあ気楽なもんです。

実際、立候補者の名簿一覧に目を通してみても、それほど目立った印象は受けませんでしたね。

過去4回の記事で既に指摘しておりますように、普通に自公が圧勝するでしょう。

今の所、世間一般の選挙報道でそのような声はほとんど上がっていないように私には感じられますけど、普通に予想すればそうなるのが当然でしょう。



最近の選挙報道でも度々報じられておりますように、今回の選挙戦は、
「自民・公明」vs「希望・維新」vs「立憲民主・共産・社民」
という三極の対立構造になっています。
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この三極の対立構造は、当然の事ながら自公にとっては有利に作用するはずです。

なぜなら、これまでは「自民・公明」vs「民主(民進)および共産」という二極の対立構造であったのが、民進党の分裂によって三極に分散してしまったのだから、「小選挙区制という勝ち負けのハッキリする選挙制度」においては、野党勢力の分裂が自公を有利にするのは当たり前の話です。

特に「(自公にとって)おいしいパターン」は自公vs希望vs立憲民主の3勢力で競う小選挙区のパターンです。
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これまで自公の競争相手として民主(民進)一本でまとまっていた票が希望立憲民主の二つに票が分散してくれるのだから、これは自公にとっては「おいしい話」と言えるでしょう。


ついでに言えば「左の勢力」が「立憲民主共産社民」の3つに分かれた状態になったというのも、私のように長年「反サヨク病」を患っている人間からすると、全くもって「おいしいパターン」と言えます。劣勢な勢力が戦力を分散してしまえば、更に窮地に追い込まれてしまうのは自明の理です。

これからも是非サヨクさん達はどんどん弱体化していって下さいw


もう一つオマケとして言えば、上記の三極構造の話とは別に、元民主(民進)で今回「無所属」として立候補する人が前原・岡田・野田などの大物も含めて20名程いますけど、この内の何名かは落選するんじゃないか(もちろん「無所属」なので比例復活も無し)と思います。これも自公にとってはプラス材料の一つと言えるでしょう。


以下、立候補者の名簿一覧を見て思った感想を少し書いておきます。
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●比例中国ブロックで自民党の17番目(“比例のみ”では1番目)に記載されている杉田水脈さんは、多分当選するでしょう。中国の小選挙区で自民党の取りこぼしが多数出るとヤバイですが、多分それも無いような感じがします。
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●比例九州ブロックで希望の党の1番目に記載されている中山成彬氏も多分大丈夫だとは思いますが、九州では前回民主党は比例で3議席しか取れていませんので、これが希望と立憲民主の二つに分かれた訳ですから実質1.5議席という計算になり、決して「安全圏」という訳ではないと思います。

ついでに言えば、もし仮に1番目の中山成彬氏も比例で通らないようであれば、熊本1区で松野頼久(希望の党)が今回も自民党の木原稔氏に敗れる事になると比例復活できないので、松野の落選も決定的になりますね。
(※しかし、今回は共産党まで出馬辞退して松野側に回るような感じなので、これは結構五分五分かも知れない。まあ木原氏は負けても間違いなく比例復活できる訳だが)

●比例近畿ブロックで希望の党の1番目に記載されているのが樽床伸二っていうのは一体何なんでしょうね?樽床って鳩山が政権を握っていた頃の民主党で、やたら偉そうな顔をしていたイメージしかないんですけど。

●新潟5区の自民党候補が泉田裕彦って、この元新潟県知事は「反原発」の人じゃなかったのか?と、ちょっとビックリしました。ネットで少し調べてみましたら色々と複雑な背景があるみたいですね。

●比例東京ブロックで「あの上杉隆」が希望の党から立候補するのどうの、という噂がありましたが、結局ポシャッたらしい。喜ばしい事だ。
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【参考用】昨日放送されていたNHK世論調査の政党支持率
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最後に、最近のマスメディアによる選挙報道について少し触れておきます。
というか、本来この事こそがこのブログのメインテーマであるはずなのですけど。特にNHKについては。

しかし実際の所、今回の衆院選に関して言えば、今の所目立った偏向報道はあまり感じられません。
NHKも、そしておそらく(私はちゃんとチェックしている訳ではないけれど)民放もそうなのだろうと思います。
(※これまでの選挙における偏向報道の通例として、民放がやっていればNHKも一緒にやるに決まっているので)
(※ちなみにTBS毎日新聞は元々朝鮮人の広報機関のような所なので、まあ例外と言っていいんじゃないかな。ついでに東京新聞も)

これは別に、褒めている訳ではありません。
当たり前の事をしているだけの事であって、褒めるに値するものではありません。

まあ選挙における偏向報道は、先の7月の都議選の時に散々やったばかりですからね。
順番からいっても、今回は「ガス抜き」の番になるのでしょう。


そしておそらく、私が一カ月前の記事でも書きましたように、さすがに今はマスメディアの連中も「北朝鮮有事」を多少は意識しているのでしょう。
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(以下、一カ月前の記事より抜粋して引用)
今回の「北朝鮮問題」に関するNHKの報道は、「まさに緊急災害時」のような報道姿勢を取っておりますので(※国家間の問題を緊急災害のように取り扱う事には、皆さん異論はあるでしょうが)そんなにおかしな報道姿勢は取っていないように今の所は感じています。
(以下略)
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『こんな非常時に偏向報道をやりまくったら、後々何を言われるか(批判されるか)分かったもんじゃない』というような意識を、あの普段は傲岸不遜を地で行くようなマスゴミ連中といえども、多少は抱いているのだろう、と私は思っていますが、さて、実際の所はどうなんでしょうかね。

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには潤沢な資金(税金)があり、更には「映像や音声で直接感覚に訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合、それが至上命令となっておりやり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが3.11以降に垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク1リンク2

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク1リンク2

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民進党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(終)

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私自身の「転向」についての弁明

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「このブログの論調は今年の5月3日を境にして潮目が変わった」

この事について、私自身は違和感を感じていなかったので説明不足だったかも知れない、と最近少し気にし始めてます。

もしもその「論調の変化」に気がついていなかったり、もしくはごく最近になって初めてこのブログを訪れた方だったりすれば、私が昨年一年間、もっと具体的に言うと一昨年の年末に安倍総理と岸田外相が推進して締結された「日韓慰安婦合意」以降、私がこのブログで、
安倍自民党に対して猛烈なバッシングをしていた
などというのは、きっと想像もつかない事でしょう。

そのバッシングの具体的な内容については昨年の1月、もしくは今年の1月の記事をご覧頂ければ、すぐにお分かりになると思います。

なんせ、その頃の私は、
--------------------------------------------------------------------
>●私は「安倍政権は打倒されるべき」だと思う。
>『安倍は「慰安婦の嘘を平気で認めて国を売った」というその一点をもって、それを理由にして打倒されるべきだ』

『無理無体な話を、しかも自らオメオメと出向いて行って受け容れてきてるんじゃねーよ!安倍!』
怒っているのは、そういう事である。
(※以上、昨年1月の記事より)
--------------------------------------------------------------------
>安倍自民党の右側にまともな保守政党が存在しない限り、(中国はともかくとして)韓国に対する安倍自民の(もうこの言葉を使わざるを得ないので敢えて使うが)売国政策は絶対に止む事は無い。
自民党とは決別をして、自民党の右側に“真の保守政党”を確立する。
これあるのみ、である。
(※以上、今年1月の記事より)
--------------------------------------------------------------------
このように吠えまくっていたのですが、今年の5月3日(いわゆる「憲法記念日」)を境にして潮目が変わってしまったのです。

おっと、その前に述べておきますが、今回の衆院選が決定的になって最初に書いた9/18の記事、この中で「自民党による政権奪還直後の安倍外交の評価」について触れておりますように、そもそも私は(実際は“第一次安倍政権”の頃から)安倍自民党をずっと評価する立場でこのブログを書き続けてきました。
(※靖国参拝をしなかった事について批判した事もあったけど、その時は「日韓慰安婦合意」のように完全に見限る、という所までは行かなかった)

まあ「かわいさ余って憎さ百倍」みたいな反動としてのバッシング、という側面も正直あったと思います。

で、今年の5月3日(の翌日)のブログは、以下の通りです。
今年もやります。NHK5月3日の「憲法関連」偏向放送批判(前編)(2017/05/04)

(以下、過去記事の冒頭部分より一部抜粋)
まず最初に、昨日の安倍総理の「ビデオ声明」について、私の感想を述べておきます。

以下、youtubeにあった参考用の「ビデオ声明」動画より
https://www.youtube.com/watch?v=p6Nf68xLjRc
(中略)
確かに私も、他の「いわゆる保守系」ブログを書いている方々と同様に、
9条の2項を残して自衛隊を明記する、などという矛盾した9条改正には反対である』
という基本的な考え方を変えるつもりは全くありませんが、今回安倍総理が提示してきた「憲法9条の改正」という壮挙自体は、
全面的に賛成します。

なぜなら、私が「憲法改正」に関して一番重要だと思っている事は、
国民的な議論を促進する事
だと考えているからです。
そして私はその事をずっとこのブログで主張してきました。
(中略)
私は一つ、安倍総理に対して謝らなくてはならない事があります。

2020年の東京オリンピックの正しい受けとめ方(2016/09/03)

この時の記事で私は、
「安倍総理は、2020年の東京オリンピックまでは危ない事は何もやらないつもりなのだな」
と述べておりましたが、これに関しては、私は素直に謝罪しなければならないでしょう。

但し、これで私の「二度と自民党には投票しない」という気持ちが氷解した訳ではありません。それは確かに、「自衛隊を9条に明記するかどうか?」という国民投票になれば、明記するように投票はするでしょうが、自民党に投票するかどうか?は話は別です。

「自衛隊の9条への明記」が確保された上で、
「9条2項の削除」の国民的な合意
が得られるように、国民的な議論を前進させる意思が自民党から見えた時に初めて、私は自民党を支持するようになるでしょう。
(以下略)

この5月3日を境にして潮目が変わったのは私のブログの論調だけに留まらず、実際「現実の政治の動き」自体も大きく変わってしまったのであって、その事はその後に書いた過去記事でも既に指摘済みの話です。


ちなみに上記の5月4日のブログ記事で、
--------------------------------------------------------------------
「9条2項の削除」の国民的な合意
が得られるように、国民的な議論を前進させる意思が自民党から見えた時に初めて、私は自民党を支持するようになるでしょう。
--------------------------------------------------------------------
と書いているにも関わらず、今回の衆院選で自民党からそれが示されていないのに「私は自民党を支持する」と述べているのは矛盾している、と思われるかも知れません。

「憲法改正の問題」の具体的な課題については後日改めてこのブログで書くつもりです。

しかし実際の所、私は今回の選挙で自民党に「9条2項の削除」を求めてはいません。というか「そんな高度な要求は今の段階では非現実的である」と元より承知しています。
(※なんせ「あの公明党」と連立を組んでいるのだから)

それでも「私は自民党を支持する」と主張しているのは、純粋に
北朝鮮の脅威という外交・安全保障上の理由に他なりません。
(※あと、突然の総選挙で「日本のこころ」の消滅が決定的になり、当分の間は「真の保守政党の確立」を諦めるしかない、という理由も少しある)

その事は一応「あの日韓慰安婦合意」の時にも少しだけ触れています。
「国連での慰安婦問題」に関する動画一覧(2016/02/21)
--------------------------------------------------------------------
(以下、過去記事より一部抜粋して引用)
だから合意賛成派は、「慰安婦問題」という点においては正当性は全く持ち得ないんですよ。
もし仮に、合意賛成派にとって唯一説得力を有する点があるとすれば、私も前回の記事で指摘したように「北朝鮮問題に対する日米韓の連携」という一点だけであって、しかしその事さえも、別に「慰安婦問題」を犠牲にする必然性など何も無く、日米韓の連携など他にやりようはいくらでもあっただろう?と言っているのですよ。
(以下略)
--------------------------------------------------------------------
実はこの事については、私は以前から、というか今年に入って「北朝鮮有事」が現実味を帯びてきてからの事なんですけど、ちょっと「複雑な気持ち」を抱えているのです。

いや、もっとハッキリ言ってしまえば「暗然とした気持ち」をずっと抱えているのです。

この事については、あまり誰も口にしたがらないのですが、私はハッキリと申しましょう。

「あの日韓慰安婦合意」は、今の北朝鮮危機に関して言えば、かなりのプラス効果になっているのです。
特に「アメリカ側に貸しを作った」という点で。
いや「貸しを作った」などというのは上品すぎる言い方で、「我々の身内を売ったおかげで」と言ったほうが正しい言葉使いになるでしょう。


あれのおかげで我々日本人は「アメリカ様」からの信用度を多少なりともプラスにしているのだから、正直な所、泣きたくなりますよ、私は。

それこそ、身内を慰安婦として売って生活の足しにしていた朝鮮人の気持ちを仮想体験させられているような情けなさを感じてしまいます。


しかし現実は現実として、受け入れるしかありません。


私自身は別に失うものも大してないので、北朝鮮に対する恐れなどさほど抱いてはいません。

しかし日本全体の事を考えれば、今の政治状況は、責任感のある政治家が慎重に対処しなければならない場面である事は間違いありません。


だから私は過去の数々の発言を撤回してでも、今回の選挙では「安倍自民党を支持する」と主張しているのです。

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには潤沢な資金(税金)があり、更には「映像や音声で直接感覚に訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合、それが至上命令となっておりやり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが3.11以降に垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク1リンク2

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク1リンク2

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民進党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(終)

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私は憲法9条改正論者だが今回の選挙でそれを望むほど無鉄砲ではない

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昨日書きました記事で、
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(以下、昨日の記事より抜粋して引用)
ちなみに上記の5月4日のブログ記事で、
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「9条2項の削除」の国民的な合意
が得られるように、国民的な議論を前進させる意思が自民党から見えた時に初めて、私は自民党を支持するようになるでしょう。
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と書いているにも関わらず、今回の衆院選で自民党からそれが示されていないのに「私は自民党を支持する」と述べているのは矛盾している、と思われるかも知れません。

「憲法改正の問題」の具体的な課題については後日改めてこのブログで書くつもりです。

しかし実際の所、私は今回の選挙で自民党に「9条2項の削除」を求めてはいません。というか「そんな高度な要求は今の段階では非現実的である」と元より承知しています。
(※なんせ「あの公明党」と連立を組んでいるのだから)
(以下略)
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と述べておりました通り、今回の記事では「憲法9条改正の問題」に関する私の主張をここで披歴したいと思います。

まあ基本的な路線は5月4日の過去記事で書いた通りで、その時とそれほどスタンスは変わっていません。


ところで櫻井よしこ氏がこの「憲法9条改正の問題」に関して、特に今回の衆院選においてどのように捉えるべきか、という事を2週間程前にBSフジ「プライムニュース」で意見を述べていました。

プライムニュース最新 2017年10月2日 櫻井よしこ先生出演!
https://www.youtube.com/watch?v=6pdfMirH7yU
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この動画の59分頃から櫻井氏は以下のように述べています。
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櫻井『…5月3日のあの安倍提案を受けてですね、やっぱり随分悩みましたね。で、私は「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の憲法改正のプロモーションビデオをやって下さいって言われてですね、若い人達が来たんですよ。自分達の世代に「なぜ憲法改正が必要か?」と言ってくれ、というので来てね。いや~、もう悩みましてねえ。ちょっと私、今そういう気分じゃないんだ、と。9条1項、2項をそのままにしてね、自衛隊を書き込むなんていう矛盾した球を(安倍総理から)投げられてね、もうお腹の中煮えくり返ってるんだからね、それはもう今ちょっとできないって言ったらね、若い人達ですよ20代のね、それでも自分達は考えたいんだって言うので、悪いけどちょっと30分、時間を私に下さいって言って私一人になってね、いや~、どういう風にしようかなあと悩みながら考えて、それでこういう風な考えで憲法改正をしていきましょう、というメッセージを言ったんですけども、やっぱりそのくらい悩ましい球を投げられてる訳ですよね』
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(※その後の櫻井氏のセリフを多少要約して紹介すると以下の通り)
とにかく公明党を巻き込まなければ3分の2は取れない。教育の無償化を言う事で維新をひきつけて3分の2を目指す。そのようなステップを踏んで100点満点ではなくて5点しか取れないかも知れないが「ここは一歩進みましょう」という事。石破さんが仰る事は正論で、その正論を言い続けるだけなら私にも出来る。しかしそれでは現在のままで一歩も前に進まない。現在は国際情勢も厳しい。平時であればともかく今はそのような余裕はない。だから私はやりましょうと言ってるんです」

(※その後、井上達夫のどうでもいい発言を挟んで再度、櫻井氏の発言があったので紹介すると以下の通り)
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櫻井『…選挙で改憲勢力がおそらく増えるでしょう。広い意味の。皆バラバラですけど改憲という大きな流れの中に皆乗るでしょう。その中で当然今このような平場でやってる議論が出てくる訳です。おかしいじゃないの?この2項を残して、というのはね。その時になぜ2項を残したか?公明党への配慮ですね。公明党に代わる改憲勢力は力強く生まれる可能性だってある訳ですよ。そうした時にやっぱり安倍さんは「じゃあ公明党さん、悪いけどもうちょっと踏込みますよ」と、「悪いけどついて来てね。もう僕の所には3分の2あるのよ。あなたもついて来てね」という事を言える立場に立てるやも知れない。これは分かりません。選挙結果でね。分かりませんけれども、このように議論をする事で磨かれていくんですね。だって今まで安倍さんが何も球を投げれなかった時に、憲法審査会まるで死んだように眠ってたじゃないですか。何年間も何年間も何年間も。自民党も野党もやろうとしなかった。私、皆さんに言いましたよ。「憲法審査会っていうのはこういう時に憲法の論議を考えるんじゃないんですか?」と。なんにもやらない。お勉強ばっかりしてる。だから私は、この球を投げたクセ球の効果は出てる、と。やっぱり評価しないとやってられないでしょ(一同笑い)』
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(以下略)
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まあ私にも櫻井さんの心情はよく分かりますw

だからこそ5月3日に安倍総理からクセ球を投げられた時に、私は真っ先にその球に飛びついたのです。


ちなみにもう一人、この「憲法9条改正の問題」に関連して著名な保守論客を挙げるとすれば、まあ青山繫晴さんは既に政治家という実務家ですから「保守論客」呼ばわりされるとお怒りになるでしょうけどw、それはさておき青山さんの「5月3日の安倍総理からのクセ球」に対する反応は、私がずっと青山さんの意見を観察している限りでは、青山さんは櫻井氏よりもずっと強硬ですね。
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曰く『「日韓慰安婦合意」と同様に、「5月3日の安倍総理の自衛隊明記(=加憲)の声明」には反対です』という立場のようです。

『何より、そのような矛盾した憲法の条文は、子供に対して説明ができないじゃないですか』という事を何度か仰っていたと思います。



私のスタンスを述べます。

既に書いてきたように、私のスタンスは概ね櫻井氏に近い立場です。
要するに「今は一歩でも良いから踏み出すべき時である」という立場です。

確かに「北朝鮮危機」に対応した現実的な配慮という要素もあるにはあるのですが、実際の所、核心部分はそこではなくて、櫻井氏が一番最後に述べているセリフが一番象徴的で、長年締めつけられてきたこの岩盤の様な「占領憲法体制」に対して「ちょっとでも前進しないと、やってられないでしょ」という感情のほうが、一番正直な理由になると思います。


しかし私はただ闇雲に「9条への自衛隊の明記(=加憲)」に賛成している訳ではありません。

私には一つ提案したい事があるのです。

「自衛隊の明記と9条2項が矛盾する」という事を解消したいのであれば、自衛隊明記の条文にもう一つ以下の様な「但し書き」を付け加えればどうでしょうか?

「但し、2項との整合性の不備については、今後も不断の国民的な議論を行なう事によって、いずれ国民の総意で整合性の取れる形に修正する事」

こうすれば如何でしょうか?ダメですかね?

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには潤沢な資金(税金)があり、更には「映像や音声で直接感覚に訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合、それが至上命令となっておりやり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが3.11以降に垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク1リンク2

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク1リンク2

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民進党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(終)

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テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

ニュースウォッチ9で西村京太郎が戦争を語る。一方、山田風太郎は

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今回の記事は衆院選とはあまり関係のない記事になります。

しかし案外、微妙に関係しているような気もしますが、実際「その部分」はオマケみたいなものですから、本旨として言えばNHKが毎年8月に放送している「夏の厭戦・自虐・反日プロパガンダ番組」の延長線上にある番組(=ニュースウォッチ9)について述べた内容となりますので、選挙関連の記事を期待している方はスルーされたほうがよろしいかもしれません。
(※しかも今回はかなり分量の大きな記事です)


先週10月12日(木)のニュースウォッチ9で以下のような放送がありました。

相変わらずNHK公式ホームページの特集ダイジェストには載っていないので、自作スキャンのピクチャを使って紹介します。

また今年のニュースウォッチ9の酷さについては以前何度か指摘しております。最近はややおとなしくしているように感じていたのですが、この放送を見ますと、またもや少々「ぶり返して」きたのかも知れません。

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(以下、9時35分頃から6分間程放送された部分を要約して紹介)
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西村京太郎 初めて書いた“戦争”

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ミステリーとかけ離れた戦争体験つづる

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戦争の継続 “強い疑問抱かず”

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西村『毎日空襲を受けている。勝てそうもない気はするが、校長先生が「絶対に勝つ」と言っているから』

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西村『武器も持ってないんだからね。だけど言われるとそうなっちゃう』

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Q『疑うことなく?』
西村『ほとんど疑わないですよね』

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西村『戦争が始まるとひたすら「国のため」で「死ね」と言われてね』

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西村『本当に「死ね」なんて言ってはいけない。人間なんだから。神様じゃないんだから』

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西村『それでも「死ね」って言われてね。死んだ人がいっぱいいるし』

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精神主義、根性主義

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西村『日本人は自分だけ「反対」と言えない。恥ずかしい。意気地なしと思われると嫌だから』

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西村『「国のため」と言われても「嫌だ」と言えばいいのに言えないから。大きなことに対して弱いですよね』

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西村『だから上の方から見れば使いやすいのでは』

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“再び戦争に向かっていく国にしてはいけない”

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西村『あの怖さ、分からない。爆撃を受ける怖さとか。書いた方がいいと思い書いているが』

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西村『正しくても間違っていても、戦争はだめですよね』(終)
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まあ私がいつも指摘しておりますように、また「夏の厭戦・自虐・反日プロパガンダ番組」の一番重要な洗脳ポイントがいつもそうであるように、今回のニュースウォッチ9も含めてNHKが言いたい事は要するに、
『とにかく戦争は嫌!』
の一言に尽きるのであって、そんな事はわざわざ大の大人が大袈裟に言わなくても「小学生でも分かっている当たり前の話」なのだが、まあNHKの洗脳の対象は「物事を深く考える能力のない人々(特に女子供)ですから、こういった浅薄な内容をTV地上波という公共の電波を使って世間に巻き散らかして、それで満足している訳です。
(※北朝鮮の事が選挙の争点になっているこのタイミングでコレを放送するのは、まあ選挙に関係が無いとは言えないような気がします)

さすがにネットではこのような陳腐な言説を振りかざしても誰も見向きもしませんので、もう少し上質な「作家(しかも戦中派)が語る戦争、または戦争体験」を以下に紹介したいと思います。

その作家というのは山田風太郎氏です。
(※山田風太郎wiki。ちなみに2001年に79歳で亡くなられています)

私は西村京太郎という人の作品は一度も読んだ事がありません。ですからその人間性も、ニュースウォッチ9で見た以上の事は何も知りません。またググったりして調べるつもりもありません。

その一方で山田風太郎氏については、いくつか作品も(特に明治モノの小説や若い頃の日記集、また各種エッセイなどを)読んでいますし、先の大戦にまつわる彼の言説もそれなりに知っています。

山田氏が述べていた言説から私が理解した限りで言えば、彼は今の世の中で(特にネットで)言われているような「いわゆる保守派」と呼ばれる立場の人ではありません。

それは以下に長々と紹介する彼の文章を読んで頂ければ明らかになる事ではありますけど、そうは言っても「戦争は嫌!」の一言で先の大戦を決めつけてかかれるような幼稚な文筆家ではありません。しかしまあ「歴史家」ではなくて、娯楽作品を書いていた「作家」ですからね。あまり過度の期待を寄せる事はできないにしても、それでも西村某と比べれば、歴史に対する姿勢の誠実さは彼の文章から大いに窺い知る事は出来ます。

人間万事嘘ばっかり 山田風太郎エッセイ集成 2010/7/24
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以下、「人間万事嘘ばっかり」のエッセイより抜粋。

(P85からの「戦中派の考える「侵略発言」」より。初出は「文藝春秋」94年10月号)
 戦中派の考える「侵略発言」

 この五月に永野茂門法務大臣が就任早々「南京大虐殺はでっちあげ」と発言して辞職に追い込まれたばかりなのに、またもや桜井新環境庁長官が同じ就任早々の記者懇談で「日本も侵略戦争をしようと思って戦ったわけではない」という発言をして更迭された。最近はこういったことにうんざりして、まともに考える気も起きないのだが、こういった一連の辞任騒動を見るに、どうして彼らはあっさりと発言を撤回し、辞任してしまうのだろうか。
 彼らの発言をまったく正しいものというつもりはない。しかし「盗人にも三分の理」ではないが、彼らの発言には少なくとも五分の理はあると私は思っている。その五分の理を開陳せずして、ただ全面謝罪をし、あわてふためいて辞任をしてしまう姿勢は、その言論自体よりいっそうよろしくない。
 かつて『戦中派不戦日記』という題で昭和二十年に書いた日記を出版したことがある。また今年『戦中派虫けら日記』という題でそれに先立つ昭和十七年から十九年の日記を上梓した。その中の昭和二十年十一月五日を読み返すと、いまと似た感慨を懐(いだ)いているのを知ってわれながら興味をひかれた。引用すると、

<――東京新聞に「戦争責任論」と題し、帝大教授横田喜三郎が、日本は口に自衛を説きながら侵略戦を行った。この「不当なる戦争」という痛感から日本は再出発しなければならぬといっている。
 われわれはそれを否定しない。それはよく知っている。(ただし僕個人としては、アジアを占領したら諸民族を日本の奴隷化するなどという意識はなかった。解放を純粋に信じていた)
 ただ、ききたい。それでは白人はどうであったか。果たして彼らが自国の利益の増大を目的とした戦争を行わなかったか。領土の拡大と資源の獲得、勢力の増大を計画しなかったか。
 戦争中は敵の邪悪のみをあげ日本の美点のみを説き、敗戦後は敵の美点のみを説き日本の邪悪のみをあげる。それを戦争中の生きる道、敗戦後の生きる道といえばそれまでだが、横田氏ともある人が、それでは「人間の実相」に強いて眼をつむった一種の愚論とはいえまいか。
 また平林たい子が「暗黒時代の生き方」と題して、いわゆる「転向」は「時を待つためにこの手段をとらなければならなかった、やむを得ないことであった」といっている。それならば日本人の大部分が、「今」がそうではないのか。いまが偽装を必要としない真実の時代であるというのは、盾の一面しか見ないこれまた一種の愚論ではないのか。――>

 この日記を書いた時、私は二十三歳だった。それからほぼ五十年経たいまでも「日本の邪悪のみをあげる」ことが「生きる道」であるという状況は変わっていないようだ。
「南京大虐殺」は確かにあっただろうと思う。日本軍は南京に無血入城したわけではなく、大戦闘の末、やっと突入、占領したのだから、当時は相当なたかぶり状態にあったはずだ。そこで敵軍が軍服を脱ぎ捨て――いわゆる便衣兵だが――反撃してきた以上、「危険を回避するために、みんなやってしまえ」という心理になったことは容易に想像できる。虐殺はあっただろう。たとえ数千人であっても虐殺があったかどうかという議論においては、日本には一分の理もあるまい。
 しかし、永野元法相の発言は「南京大虐殺」そのものをでっちあげとして全面的に否定したのではない。三十万人の犠牲者が出たかどうかということについてははなはだ疑問であると、その数字に対する疑問が発言の主旨だろう。それについては今となっては検証の余地も少ないだろうが、私にもそれだけの犠牲者が出たとは物理的に思えない。三十万人とは天文学的数字だ。南京攻防戦における中国軍側の戦死者もいれているのかも知れない。そこに五分の理を見いだしている。しかし、「南京大虐殺」について、たとえそれが客観的なものでもあらゆる疑問は呈してはならず、誇大と思われる数字でもひたすら受け入れざるを得ないというのがいまの「生きる道」のようである。

 当時は「東亜解放」を信じていた
 桜井前環境庁長官のいう「日本は侵略戦争をしようと思って戦ったのではないし、またあの戦争でアジアはヨーロッパの植民地支配から独立できた」というのもそうだ。あの戦争が実態的に侵略戦争であったかどうか、といえば侵略戦争であったことは間違いない。しかし少なくとも戦中は「そうは思っていなかった」という事実があることを語ってはならないのだろうか。
 私は確かに当時、東亜解放というのを信じていた。昭和十九年五月十六日の日記で、私は雑炊食堂で並んでいる人込みに、みすぼらしい身なりだが愛くるしいドイツ人の少女を見つけ、こう記している。

<――これが朝鮮人や支那人なら、かえって同席するのに不快をおぼえるだろう。これは人種的な軽蔑というより、自分たちの平生見る支那人や朝鮮人が極めて不潔で、ふつう外人がスッキリと上品な風采をしていることに基づいている。が、アジアにいながら、われわれの出会うアジア人は悉(ことごと)く貧困の極みをつくしているのは日本の恥辱である。それを救うのは日本の義務であり責任でなければならない。――>

 朝鮮や台湾を植民地としておきながらアジア解放を叫ぶというひとりよがりの大矛盾を抱えていることは百も承知である。またアジア解放というのは結果としてそういう作用があっただけで、当初からの目的でも何でもなく、その証拠に開戦の詔勅ではひと言も触れていないという指摘もあるだろうと思う。だが私はそれを信じていたし、若い兵隊の少なからぬ数がそれを信じていたと思う。
 アジア解放という観点だけではない。それは多分に明治維新以後、西欧文明を範として追いつき追い越せと近代化に励んできた日本が、初めて西欧文明と対決し、それを克服しようとしている「聖戦」という意味付けすらなされようとした。
 太平洋戦争をどう考えるか、戦後五十年を過ぎようとしているいまでも私にはよくわからない。しかし侵略戦争をしたから悪いとか、残虐行為を繰り返したとかいわれることには抵抗を感じている。それはわれわれの世代――戦中派――に多く見られる抵抗感ではあるまいか。
 私は戦中より戦争のほとんどが悪であるという認識は持っていた。昭和十八年四月十九日の日記である。

<――戦争は死を冒瀆(とく)する。あまりに大量の死は、死の尊厳を人々から奪う。なるほど表面は、輝く戦死だの尊き犠牲だの讃えるけれど、人々の心は、死に馴れて、その真の恐怖と荘厳とを解しない。――>

 しかしそれと太平洋戦争は侵略戦争だったから悪いということとは別の次元のことだと考えている。太平洋戦争が侵略戦争だったから悪いと断定することは、すなわち明治以降の日本の歴史をすべて否定することを意味する。一国の過去百年の歴史を否定するなどということが果たして可能であるだろうか。そのようなことをする国家があるのだろうか。
 そもそも侵略が悪という概念は、明治はおろか昭和初年にいたっても存在していなかった。朝鮮の植民地化は黒船来航が日本に与えたあまりにも大きなショック――植民地を持って富国強兵をはからねば自分が植民地になってしまう――に対する当然の反応として出てきたものだし、当時の趨勢を考えるとむしろ侵略が必要悪ですらあったともいえる。そこからの経緯をすべて否定することなど不可能ではないか。
 さらに世界の状況がそれを後押ししていた。インドシナにしてもフィリピンにしても明治時代の欧米の侵略中のところであり、それらを侵略として非難する空気は存在していなかった。
 さらにいうと太平洋戦争終了後も欧米列強は植民地を手放そうとはしなかった。あの戦争がなければ、欧米列強はいまも手放さなかったろう。

 戦死を犬死ににしかねぬ細川発言
 しかしいまだに彼らは彼らの侵略を悪とはしていない。侵略戦争といえばイギリスが起こした阿片戦争などその最たるものだろうが、それに対する謝罪がかつて行われただろうか。しかもイギリスはその結果として得た香港をいまだ租借し続けている。帝国主義盛んなりし頃に結んだ条約の期限、一九九七年までしっかり占領し続けているではないか。またイギリスでいうならインドに対して謝罪をしただろうか。聞くところによると、イギリスの教科書ではインドの植民地化について、インドが文明化のために自らイギリスに助けを求めてきたからそれに応じたにすぎないということが書いてあるという。これが当時からいまに至るヨーロッパ列強の偽らざる姿だろう。
 翻っていまの日本はどうか。二、三年前に旧制中学の同級生が集まったが、その折り、みんなが悲憤慷慨することがあった。それは戦後しばらくして学校で先生が、「このなかでお父さんが戦死した人は手を上げてください」というと、数人がおずおずと手を上げる。そこで、「どこで死にましたか」と聞くと、みんな小さな声で俯(うつむ)いて、「ビルマ」とか「ガダルカナルです」という、そういう話が出たときのこと。戦死していった兵士の多くは国の政策で徴兵され、東亜の解放を信じてそれに殉じていったことだろう。その子供がまるで父親が犯罪者でもあるかのように親の戦死を恥じているなら、その死はまさに犬死にに等しいと憤ったのだ。
 教科書問題を見ていると、やがて日本は自分たちの国は「恥ずべき」戦争をしたと子供たちに教えかねないと感じている。そんな国がどこにあろうか。繰り返すが戦争そのものは悪であることに異論はない。しかし「恥ずべき」ものであったかどうか、誰が判断できるというのか。誰が、細川護熙にそんなことを裁断する権利を与えたのか。
 昭和二十年十一月九日、終戦間もないころの日記でもすでにそういったことへの危惧が記されていた。

<――新しい日本歴史を歓迎する。ただし、これから出る歴史書は当分、今までの歴史と同様に眉に唾をつけて見る必要がある。秀吉の朝鮮征伐を大東亜共栄圏建設の理想に燃えたもの、などと書いた戦争中の評価はばかげているが、さればとてこれを突忽(とつこつ)たる侵略と断定し、イギリスの印度征服やアメリカのフィリピッン占領には眼をつむっているような歴史書はお話にならない。――>

 いまや少数派となった戦中派は、私も含め大半がいまだにあの戦争をどう考えていいのかわからないというのが現状である。それなのに、「悪である」と決めつけられては戦死者は死んでも死に切れないではないか。
 いったいいつからこういう世相になったのだろうか。少なくとも昭和二十年代、三十年代には、ここまで「太平洋戦争は侵略戦争だから悪」という考え方の押しつけは行われていなかったと思う。当時私は秀吉の朝鮮役を題材にした小説を書いているが、いまのような歴史観の圧力を感じた記憶はない。
 アジア諸国にしても――当時はいまだ独立をかち得ていなかった国も多く、アジア地域でしかなかったせいもあろうが――すぐに「謝罪せよ」、「賠償せよ」などと声高に叫ぶことはなかった。
 それがいつのまにか、われわれの内側から、それはおもに新聞によってそういった歴史観が唱えられ、それに異をたてると忌むべき軍国主義者といったレッテルが貼られるようになった。この心理状態はいまをもってしてもよくわからない。
 問題が起きるたびにすぐに全面的に謝罪し、賠償金を払ったところで日本と一部を除き近隣諸国との関係がよくなるなどと考えられない。むしろ逆効果しかもたらさないのではないかとさえ思う。
 とにかく謝って、お金を払っているうちは問題は先送りされ、事勿(なか)れ主義者にとっては当面の安息にはなるだろう。そういう事勿れ主義の結果がこの風潮を生んだのではないだろうか。言い換えればこういった問題に事勿れ主義で臨むことが出来る世代が多くなってきたことの現れかもしれない。
 戦中は別れ別れになっていた友だちと戦後、再会したとき、一番多く口にされたことばは、「敗けてよかったかも知れんなあ」、「勝っていたら大変だったよな」であった。そして、戦中をあまりに一生懸命生き抜いたため、「あとは余生だ」と二十歳前後の若者がいい合ったものだ。しかし余生といいつつ、われわれの世代は戦後日本をつくりあげてきた。
 ところが同時にわれわれの世代は同級生の多くが兵隊にとられ、戦死していった。あの戦争を「侵略戦争だったから悪だった」、「日本は残虐行為を繰り返した」と一方的に断定されることに、抵抗を感じている世代でもあるのだ。

 国家の基本は「文武両道」
 そういう世代――私は靖国神社に総理大臣をはじめ閣僚は参拝すべきであると考えている。靖国神社そのものを撤去するなら知らず、ともかく戦死者の霊廟とされているところへ他国の批判を気にして一国の総理大臣が尻込みするなんて国があるだろうか――が老いたり死んだりしてだんだん声が小さくなってゆく。それがこういう世相を生んだのだろうか。
 感傷を除いても抵抗を感じていることは多々ある。日本は戦争を放棄し平和国家を建設することを国是とし、これに反対するものは人に非ずということになっている。しかし人類の歴史をふりかえっても、これから何万年も続く日本の歴史のなかで侵略することはないにしろ、二度と戦争をしないということはありえないのだ。戦争をしない決意を持つことは結構なことだ、しかしそれが歴史の段階、目的であると考えるのは愚かなことである。それこそ歴史から何も学んでいない態度といえる。われわれがあの戦争から学んだもっとも大きなことは何であったのか。昭和二十年十月五目の日記を見る。

<――余らは無意識の中に歴史を一つのドラマとして観じいたり。明治維新は昭和維新の序幕としてこそ意味あるべく、明治の日本の曙は昭和のアジアの黎明の前奏曲なりと思いこみて疑わざりき。これ日本の近代史があまりにとんとん拍子なりしゆえに、一直線に進行せるゆえに、当然或る目的を想定して自ら悠然たりしならん。
 されど、歴史に目的なし。目的あるか知らねども、そは一時代の一国民たる人類には到底知り得べからざるもの。一つのドラマかは知らねども、第一幕第二幕と次第に進みて終幕に至りてクライマックスの脚光浴びるがごとき芝居を見て大芸術なりと陶酔する人間には、絶対にうかがい得ざる厖大(ぼうだい)神秘なるもの、そは地球上の歴史の実相なり。――>

 不戦の決意はいい。しかしいざというとき自分を守る武力すら持たないというのは、自らを歴史の目的の一部と思い上がる行為ではないか。古いことばを持ち出せば「文武両道」が国家の基本であることは変わっていない。自衛の軍をもたない国家などありえない。平和国家のひとつの理想として語られるスイスをみよ。

 あの戦争が悪であったかという判断はまだ私にはできない。しかしただひとついえることは、日本には侵略戦争をする資格はなかったのではないかということだ。欧米にその資格があったといえるかどうかは難しいが、すくなくとも欧米よりはその資格において劣っていたのではないか。それは占領地の民衆を心服させる宗教なり文化なりを日本は持っていなかったからだ。
 つまり欧米列強の旧植民地をみるに、もとの宗主国を懐かしがるようなところがわずかながらも感じられるし、また必ず占領地、たとえばハノイにはフランス風の町並みが、大連にはロシアの面影が残っている。つまり街づくりというある種の文化を残している。ところが日本の場合、韓国に日本風の町並みが残っているという話は聞かないし、日本時代を懐かしがるようなところは皆無といっていい。日本は植民地を統治する能力に欠けていた、だから植民地をまったく日本化してしまおうと、あの悪名高き創氏改名をやらかしてしまう。これはある種の侵略能力のなさといっていい。その意味では、日本は侵略する資格のない国だったとは思う。
 あの戦争は何だったのでしょうかと人に問われれば、私は善悪で答えることなどできはしない。しかしこう答えることはできるだろう。
 日本には侵略戦争をする資格がなかった。だからあの戦争はするべきではなかったし、今後も侵略戦争をするべきではない。しかし戦争に携わった人間にもいくらかの理はある。その理を全面封殺することは、戦争をしたことと同じ意味合いの行為であるだろう。
 戦前をすこしでも評価しようものなら、反動、軍国主義、ファシストといった罵声が浴びせられる世相に抵抗を覚えつつ、日記を読み返してみると、たしかに戦前などいい時代ではなかった。
 日記を見ると当時、私は二十三歳まで邪馬台国や卑弥呼といったものの存在を知らなかったことがわかる。神武以来の神話だけが歴史であるという皇国史観教育――というより洗脳――がいかに凄まじかったかをあらためて感じている。
 太平洋戦争は、日本の歴史のなかで明治維新と並ぶ大転換点であった。私はその転換点をはさみ、戦中、戦後と極端にくいちがうふたつの時代を生きてきたことをとにかく面白く感じている。それは福沢諭吉が幕末と明治を生きたことをさして、「一身にして二生を経る」といっていることに通じるものがある。
 それにしても、まさか五十年前の青臭い論理を正当化する意志は毛頭ないが、老化して戦後五十年の洗脳のメッキがはげ、それ以前の戦中派の地金がまた出現してきたようで苦笑を禁じ得ない。(終)

近年のNHKでよく見られる報道パターンとして、
『戦没者の遺族の高齢化。戦争を知らない世代が増えている』
というパターンがあります。
特に8月15日の報道では近年、毎年のように繰り返し放送されています。

例えば今年の8月15日も、以下の通りでした。
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もちろんNHKの報道姿勢としては、この「戦争を知っている世代の減少」について、
『戦争の悲惨さ、恐ろしさを知る世代が減るのは、それを語り継ぐ人が減るという事で非常に危険な事だ!』
みたいな形で過剰に扇動するのを常としているのですけど、実は私はNHKのそういった扇動報道に触れる度に「NHKの本音は逆だろう?」と心の中でいつも反駁しているのです。

例えば、私は4年前の8月15日に以下のような事を書きました。
8月15日の靖国神社参拝、NHK報道など(2013/08/15)
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(以下、過去記事より抜粋して引用)
まずはニュース7から。
『平和の尊さを考える』とか、『戦争は二度としちゃいけません』とか、NHKの8月用報道のテンプレを繰り返すだけという、いつもと変わり映えの無い内容だったのは当たり前の事ですが、今回ちょっと目を引いた表現としてはこんな所ですかね。
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平和を獲得した8月15日こそ追悼式にふさわしい

これを見た時、思わず飲んでた物を吹き出しそうになりましたわw
相変わらずの“自虐史観ぶり”と言うか、”占領国史観ぶり“と言うか、アホですな、NHKは。

NHKは今日のニュースの中で『戦争を体験した人が減り続けて、今はかなり少なくなっている』みたいな事を繰り返し放送していたが、戦争を経験した人が減っているからこそ、NHKは堂々とこんなアホな放送をしても平気なのだろう。

戦後教育で育った連中こそが、「敗戦によって平和や民主主義を獲得した」などという占領国(GHQ)のプロパガンダを刷り込まれている訳で、戦時中の事を知っている人間であれば、そんなアホなプロパガンダを信用する訳がないのだから。
(以下略)
-----------------------------------------------------------------
山田風太郎氏のような戦中派の人がいまだ多数存命されていれば、このようなキチガイじみた放送は絶対にできなかったでしょう。

その一方で『とにかく戦争は嫌!』などという幼稚な言説のほうは、当面の所、今後何年間にも渡って続けられる事は間違いないでしょう。
(※まあ2年前の「戦争は二度としてはいけません」の意味の記事でも書いたように、所詮論理的な意味合いなど何も無い“南無阿弥陀仏”と同じ「宗教的なお題目」に過ぎないセリフなんだけどね)

どう見ても、戦争の事を本当に知っている人(=山田風太郎氏のような人)が少なくなるのは「NHKにとっては好都合」としか思えないよなあ。

物事の本質には一切触れず、プロパガンダ放送しかやる気がないのだから。

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには潤沢な資金(税金)があり、更には「映像や音声で直接感覚に訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合、それが至上命令となっておりやり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが3.11以降に垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク1リンク2

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク1リンク2

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民進党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(終)

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2017年(平成29年)衆議院選挙の総括

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まずは全体的な総括から。
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数字の結果だけを見れば、概ね私の予想通りの結果となりましたので「可もなく不可もなし」というのが私の率直な感想です。

ただし、その結果に至る過程においては、当初の私の予想とは異なる部分もいくつか目につきました。当初の流れとは打って変わって「マスゴミどもが小池を見放して、枝野を全力で支援する」という所までは私の予想の範囲内でしたけれども、枝野新党立憲民主党)がここまで数字を伸ばす事までは私も予想していませんでした。この事は、まだまだマスゴミの扇動能力が一般有権者に対してはそれなりに影響力を保持している(これだけの短期間で枝野をバックアップする事が出来たのだから)という事を再認識させられた、とも言えます。

しかし全体の結果を見れば、その立憲民主党の勢力もたかだか50数議席に過ぎず、本日の虎ノ門ニュースでは青山繫晴さんが今後の勢力拡大を危惧するような事を仰っていましたけど、私としては「これまでいくつも粗製乱造されてきた新党」と同様にこの政党が5年後に存在しているとは到底思えず、まあ我々日本国民としては「無難に選挙を乗り越える事が出来た」と一応満足すべきレベルの結果は得られたように私は感じています。



以下、細かい点をいくつか述べていきます。
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公明党が5議席減。これは与党の議席数が減ったとはいえ、9条改正論者で「いわゆる保守派」でもある私にとっては間違いなく「朗報」です。改憲論議の上でも、連立候補の選択肢的にも、これは間違いなく我々にとってはプラス要素であると言えます。


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●「いわゆる三極対決」における「中間派」に該当する小池新党希望の党)と日本維新の会が低調な結果に終わった事に対してマスゴミどもは『安倍政権との違いや対決姿勢がよく分からなかったからだ』と述べています。なるほど「日本という特殊な言論空間」においては「反日派」である「左翼」が政権に対する批判勢力の代表になってしまうのは仕方がないのかも知れないが、いずれこんな連中はキレイさっぱり「日本から排除」して、いつかはまともな「二大政党制」を築いてもらいたいものです。もしくは自民党の左側に位置する「中間派」に期待するのではなくて、右側に位置する「保守派」に期待できるような政治体制になってもらいたいものです。

ちなみに希望の党が惨敗した中において、松原仁・長島昭久・渡辺周あたりの「いわゆる保守」と見込まれている議員が生き残った事は「朗報」と言えるでしょう。彼らと中山夫妻らが今後どのような動きを見せるのか、気になる所です。


●選挙の実施が明らかになって以降ずっと書いてきた事ですが、私が応援してきた日本のこころ(=立ち日、次世代)が議席を獲得する事など全く考えた事もなかったので、この結果に対する私の感想は何もありません。

なんだかネットの一部では中野代表に対して今更のように応援している連中がいたようですけど、今更何やったって遅いんだよ。これまでの選挙で散々無視しておいて。
(※まあ確かに、TV討論等で安倍総理が言えない事を代わりにズバズバと代弁してあげていた事には、多少なりとも価値はあったと思うけど)


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●昔から何度も書いてきましたように、私は極度の「反サヨク病」を患っている人間ですから、「あの立憲民主党」などという極左政党の当選議員の顔ぶれを見ると心底嫌な気持ちになるのは確かです。

しかしですねえ、こんな気持ちは8年前に「あの民主党政権」が(今回の立憲民主同様、マスゴミの支援によって)樹立された時に、私個人としては既に一度味わってしまっているので、あの時に比べればさほどの事はありません。今回の立憲民主党の連中が中枢を占めていた「あの民主党政権」に対して、もちろん当時のマスゴミは(というか今回も同様だったが)反日サヨクや極左連中が大量に含まれている事を一般有権者に対して隠蔽していたので、あんな連中に対して300十数議席も与えてしまう事になったのです。

これは私を含めた「いわゆる政治オタク」がよく勘違いしてしまう罠でもあるのですが、実は世間一般の人々というのは「反日サヨク・左翼・極左」などといった思想に関して全く無知な人も多いので、共産党とか社民党などの個別の看板を掲げていない限り、朝日・毎日(系列TV局含む)などの大手メディアが大々的に応援している以上は何の疑いも抱かず(8年前の民主党もそうであったように)立憲民主党に投票してしまうのは仕方がない事なのです。我々の様な「いわゆる政治オタク」からすると全くあり得ない投票感覚ではありますけど、まだまだ彼ら(テレビ・新聞)がメジャー勢力であって、我々(ネット)の方がマイナー勢力であるのは歴然とした事実です。

そしてマスゴミどもは「排除」のセリフがどーのこーのと喚いてますけど、くだらない話です。いつもの「扇動」のやり口と同じです。枝野一派と小池一派の合流が不調に終わる以上は、マスゴミにとって「小池を見放して、枝野を全力で支援する」以外に選択肢は存在せず、もし仮に「排除」のセリフがなかったとしても小池が枝野を見切った時点で、それとは別の形でマスゴミが小池を叩く事になっただけの事でしょう。要するに「最初に結論ありき」で、たまたまマスゴミにとって「扇動」に使いやすい「排除」というセリフが転がり込んできたから使っただけの事。まあ元々「扇動」というのは、そういうものです。意味のないものに、あたかも意味があるようにみせかけるのが「扇動」というものの本質なのですから。


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●台風の影響で投票日の天気が悪かった事については、良かったのか悪かったのかよく分かりません。投票率が低い場合、定石通りであれば固定票(組織票)の強い公明党、共産党にとって有利であるはずの所が、今回は両者共に議席数を減らしています。投票率が53.7%と戦後2番目の低さだったにも関わらず。とりあえず私の感想は「雨だから投票に行くのはやめとこう」といった程度の政治意識の人達が投票に行かなかった事は『まあ悪い事ではなかったんじゃないかな』という事ですね。ちなみに8年前の「あの民主党政権」が出来た時は69.3%という非常に高い投票率だった、という例もありましたしね。


●選挙期間中のNHKの選挙報道は、私がチェックしていた限りでは(概ね全国放送のニュース番組や討論番組のみ。各地域の放送までは不明)以前も書いたようにそれほど偏向報道が酷いとは感じていませんでした。もちろん他のサヨクメディア同様「立憲民主党押し」の雰囲気は感じられてはいたものの、今回のような選挙結果になる程のものではなかったと思います。私はちゃんと見てないので詳しくは知りませんが、新聞や民放(朝日、毎日、東京系列)あたりが強烈に立憲民主党を押していたんでしょうねえ。
(※ただし、NHKが局全体の方針として「森友・加計」というキーワード(具体的な批判例は決して挙げず)を執拗に繰り返していたのは、確かにその通り。これは選挙後も変わりはないようで、立憲民主への支援に利用するつもりらしい)


以上です。

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには潤沢な資金(税金)があり、更には「映像や音声で直接感覚に訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合、それが至上命令となっておりやり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが3.11以降に垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク1リンク2

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク1リンク2

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民進党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(終)

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