処士策論

「処士」(しょし)とは、仕官していない人、民間の人、在野の人のこと

花燃ゆ、幕末長州、吉田松陰 その4

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今回がラストの予定です。

(このシリーズの過去記事)
花燃ゆ、幕末長州、吉田松陰 その1(2015/04/25)
花燃ゆ、幕末長州、吉田松陰 その2(2015/04/29)
花燃ゆ、幕末長州、吉田松陰 その3(2015/05/01)

世間一般における政治の話題としては、安倍首相による米国での演説の話で盛り上がっており、更には、本日が5月3日の「いわゆる憲法記念日」という事もあり、「憲法改正」「9条」の話なども所々では話題となっているようです。

ただし私のブログではそんな話題なんかどこ吹く風。相変わらず、吉田松陰の話を続けておりますが。

まあ安倍首相の演説の話は、「いわゆる保守」界隈では既に至る所で語り尽くされておりますので、私が何か付け加えて言う事もほとんどありません。

ただし、もう一方の5月3日の「いわゆる憲法記念日」に関しましては、ここ数年、私のブログでは毎年この時期に、
「いわゆる憲法記念日」に関するNHKの報道姿勢
という形でブログ記事を書いてきておりますので、ここで少しだけ指摘しておきたいと思います。

私は一年前、このようなブログ記事を書きました。
NHKの番組における左翼・サヨク識者の出演傾向 その4(終)討論番組(2014/05/03)

私が一番言いたい事は、要するに(いつもブログの最後に貼っているテンプレリストの(7)で述べているように)、
NHKは国民に対して、憲法に関する「まともな討論番組」を見せる義務がある
という事です。
(5月1日(金)のニュース7より)
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(5月1日(金)のニュースウォッチ9より)
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(※「国民への説明」をしてない、と批判されるべき存在は、現政権や政治家個人ではなくて、公共放送(公共のメディア)であるNHKのはずですよねえ?)

ハッキリ言いまして、一昨日のニュース7ニュースウォッチ9における「いわゆる憲法記念日」に関するニュース報道を見ても、NHKがそれ以外に「いわゆる憲法記念日」に関連して用意している番組企画を確認しても(一年前も書いたように、今年も「日曜討論」で政治家同士の討論を“アリバイ作り程度に”見せるのみで、それ以外は全く無作為状態というNHKの姿勢を見れば)、
NHKは国民に憲法論議を見せる気は全く無い
という事は明らかです。

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一年前に書いた事と全く同じ内容の記事をもう一回書くのもバカバカしいので(ちなみにNHKによる世論調査の結果も、偶然と言えばあまりにも偶然過ぎる程、昨年と同じ結果であった。一年前も書いたように「アメリカに押しつけられたから」という意見は画面に表示はするものの「アナウンサーが読み上げる事は決してしない」という事も含めて全く同じ)、今年は何も書く事がありませんので、この話題はここまでにしておきます。




では、本題に戻ります。

1回目の記事でも書きましたが、今回、一坂太郎の本を4冊読みました。

吉田稔麿 松陰の志を継いだ男 (角川選書)
吉田松陰――久坂玄瑞が祭り上げた「英雄」 (朝日新書)
司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰、龍馬、晋作の実像 (集英社新書)
松陰と晋作の志―捨て身の変革者 (ベスト新書)

1回目の記事でも書きました通り、一番下の「松陰と晋作の志―捨て身の変革者」はスタンダードな内容の本で、吉田松陰に対してもそれ程ネガティブな内容でもありませんので、ここではスルーします。

問題は残りの3冊、これらは比較的最近に出された本なのですが、吉田松陰に対してややネガティブな表現もいくつか見受けられます。

確かに「全否定」という程偏っている訳ではないのですけど、吉田松陰に対する従来のイメージをいくらか傷付ける程度にはディスっていると思います。

それでもまあ、「純粋」と言えばこれ以上ないくらい「純粋」な吉田松陰独特のキャラクターもありますので、私個人からしますと大した「ディスりネタ」とも思えないのですが、
「葬式ごっこ」という「レッテル貼りのセリフ」
これが一人歩きする(させる)事によって、ネット上で吉田松陰を貶めるのにかなり悪用されていたように感じられました。

この件がいわゆる「松蔭による吉田稔麿(栄太郎)に対するイジメ(=葬式ごっこ)」というものなのですが、この件については「吉田稔麿 松陰の志を継いだ男」と「司馬遼太郎が描かなかった幕末」の両方で、小見出しにしっかりと「葬式ごっこ」という見出しを使って、一坂太郎は詳しく解説をしています。

とりあえず、ここでは「司馬遼太郎が~」のほうから引用して、内容を紹介致します。

(以下「司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰、龍馬、晋作の実像」より一部抜粋引用)
(※フォントを赤くしてあるのは私個人の編集によるもの。以降の引用も同様)
 栄太郎は松蔭が自分に長所も短所も似ていると言い、最も可愛がった門下生である。長州藩の下級武士(中間)の子で、松蔭からは秀実(ひでざね)の諱と、無逸(むいつ)の字を贈られた。元治元年(1864年)六月五日、池田屋事変のさい二十四歳の若さで京都において闘死している。
(中略)
 ところが、松蔭にはそうした栄太郎の苦しい事情が理解出来ない。自宅に押しかけて行って、強談判に及んだりする。それでも栄太郎は算盤を抱き、「われまさに俗吏を学ぶべきのみ」と、松蔭をにらみつけるばかりだったと、松蔭は「無逸に与う」の中に記す。
 やがて野山獄に下った松蔭は、栄太郎からの手紙を待つが、来ない。
(中略)
 また、ある者から、近ごろ栄太郎にはまるで魂が抜けていると聞かされた松蔭は、(安政六年)二月十三日、「無逸の心死を哭す」と題した一文を書き、栄太郎に送り付ける。
 松蔭は、人間は心が死ぬほど惨めなものはないなどと非難。さらに門下生たちに松下村塾で香を焚かせ、栄太郎の心を弔わせるというパフォーマンスを行ったと知らせる。これではまるで葬式ごっこ、いじめだ。もちろん栄太郎は、返信しない。
 すると、さすがにまずいと思ったのか、二日後、松蔭は前言を撤回する旨を記し、謝罪の手紙を栄太郎に寄せた。しかし、栄太郎は返信をしない。それどころか、よほど腹に据えかねたのか、かつて松蔭から贈られた諱と字の由来を記した「名字説」と「両秀録跋」を返信してくる。これは、師弟関係を解消したいとの意思表示だ。松蔭は泣きながら、受け取れないと突き返した。
 このように、松蔭には自分の「正義」にのめり込むや、それを他人に一方的に押し付ける傾向がある。純粋と言うべきか、世間知らずと言うべきか、そうした厄介な子供のような一面もひっくるめて、松蔭の魅力が形成されていたはずだ。
 同じ頃、門下生の品川弥二郎は父あての手紙に、「実は先生じらをくり候て」と、少々困ったように記す(拙著『吉田松陰門下生の遺文』平成六年)。「じらをくる」とは、長州弁で子供が駄々をこねるような時に使う。門下生の目に、そのように映っていたのだろう。
 それでも五月二十五日、幕府に呼び出された松蔭が江戸に護送されたさい、隣家の杉垣の穴から見送る栄太郎と、無言で涙の別れをしたと伝えられる(来栖守衛『松陰先生と吉田稔麿』昭和十三年)。この逸話で全てが帳消しになってしまうのは、やはり松蔭が魅力的な人物だったからだとオチをつけておこうか。(以下略)

ちなみに、これとほぼ同じ内容の事が「吉田稔麿 松陰の志を継いだ男」の中でも書かれています。

ただし上記の中でも、後半、多少松蔭に対してフォローを入れているように、一坂太郎は別に吉田松陰を「全否定」している訳ではありません。いや、むしろ全体的に見ればポジティブに書いている、とさえ言えると思います。
(※むしろ、これら3冊の中では「吉田松陰――久坂玄瑞が祭り上げた「英雄」」における久坂玄瑞に対する書き方が一番辛辣な感じがします。ただ、松蔭・龍馬・晋作・稔麿に対しても、負の部分を「全くオブラートに包まず」読者に対してストレートにぶつけてきてますので、そういった手法が一坂太郎の一つの癖とも言えます)


こういった松蔭の行為に対して、私自身は別に忌み嫌うつもりはありません。

一坂太郎自身が「吉田稔麿 松陰の志を継いだ男」の中で、
「そこが人間くさく、やたらと純情な松蔭という男の魅力なのだろう」
と書いているように、この出来事をトータルに理解してさえいれば、それほど大した問題とも思えません。

これが問題になるのは、
「葬式ごっこ」という「レッテル貼りのセリフ」
意図的に悪用している連中がいるから、問題になるのです。

例えば、「武将ジャパン」武者震之助氏のブログで、
--------------------------------------------------------------------
(以下、一部抜粋引用)
ちなみに松陰の弟子が師の過激思想についていけなかったのは、史実です。このころ史実では、松陰は伊之助の実兄にあたる小国剛蔵に「きみの塾からやる気があって命を惜しまない若い少年を3,4人見繕ってくれないかな?」という、少年兵スカウト的なことを頼んでおりますが、流石にそこまではやらないようです。

また、先週は吉田稔麿が松陰と疎遠になりましたが、史実ではそうなった時「僕の知っていた吉田君はもう死んでしまった!」と葬式パフォーマンスをして周囲をあきらさせたりしています。まあ、これも描くわけにはいかないでしょう。(以下略)
--------------------------------------------------------------------
このように書かれていました。

そりゃまあ、「花燃ゆ」で、吉田松陰の人間像が相当ポジティブに描かれているというのなら、負の部分もそれなりに描かれて良いのかも知れませんが、その点、どうなんでしょうか?(私は見てないから知らんけど)
「花燃ゆ」における吉田松陰の描かれ方って。
全体的に見て、好意的に扱われているんでしょうか?

ネットでの各論評を読んでいる限り、この描き方で「葬式パフォーマンス」まで付け加えたら、完全に「吉田松陰をディスる為に番組作ったのかよ!」ってレベルの話だと思うんですけど。

そのエピソードを入れても、吉田松陰の全体的なイメージがそれ程損なわれない、そういった描き方をするのであれば(一坂太郎が言うように、むしろ人間くささが増す、といった描き方であれば)私も入れれば良いと思いますよ。



さて、上記の件だけであれば一坂太郎の「思想」という点について、それ程問題があるようには見えないかも知れません。

では次に、「吉田松陰――久坂玄瑞が祭り上げた「英雄」」の巻末に書かれている「おわりに」から一部を引用してみます。

(以下「吉田松陰――久坂玄瑞が祭り上げた「英雄」」より一部抜粋引用)
 明治初年、絵入りの「志士」の列伝が次々と出版されており、その中にはたいてい久坂玄瑞も紹介されている。だが、描かれている玄瑞の姿はまちまちだ。
(中略)
 当時は「玄瑞像」が固まっていなかったのだろうが、そうした状況は百数十年を経た今日なお、あまり変わっていないような気がする。虚実はともかく、吉田松陰なら教育者、坂本龍馬ならビジネスマンといった具合に、著名な「幕末の志士」は伝記や小説、映画やテレビドラマなどで、イメージが固定化されてゆく場合が多いのだが、この点「玄瑞像」は大した小説作品もないせいか、不鮮明である。
(中略)
史料編纂作業の過程で、亡き松蔭を祭り上げて自分たちの活動に利用しようとする玄瑞の「策士」というか、「政治家」としての一面が見えてきたのが、特に興味深かった。死者をシンボルとするのは、実に賢明だ。生身の人間は大抵メッキが剥がれるものだが、死者はいくらでも都合よく変身させることができる。
 松蔭を祭り上げた長州藩は暴走の末、「禁門の変」で敗れて「朝敵」となり、壊滅寸前まで追い込まれた。引き続き松蔭を祭り上げた大日本帝国の末路については、あらためて述べるまでもない。
 想像を絶するほど純真な松蔭だからこそ、真反対に位置する者たちが、しきりと利用したがるのだ。もし、将来そんな兆候が見えたとしたら、日本という国が危険な方向に舵を切っているときなのだと思う。


次は「吉田稔麿 松陰の志を継いだ男」の「おわりに」からです。

以下「吉田稔麿 松陰の志を継いだ男」より一部抜粋引用)
 ちょうど百年前の1914年、第一次世界大戦が勃発した年、地球上の陸地の84%が西洋列強の支配を受けていたという。もちろん、日本は支配を受けていない16%の中に入っていた。近代化を目指して突き進んだ日本は、ついに「植民地」にも「属国」にもなることなく、「独立」を護り抜いたのだ。松蔭や稔麿の志が、多くの同志たちに受け継がれた結果であろう。
 もし、稔麿が明治以降も生きていたら何をしただろうかと考えることは無駄ではないだろうが、あまり関心がない。ただ、幕府と長州藩の武力衝突を回避させ、日本が一丸となって外圧に抗したいと懸命に願い、努力した稔麿や妻木田宮のような者がいたという史実は、今後も大切に伝えてゆきたいと思う。成否よりもまず、そうした少数派が存在したことこそが大切なのだ。
 結局「明治維新」は、陰謀と武力によって血なまぐさい政権交代になってしまった。私は「明治維新」そのものを否定はしないが、時に目を被いたくなるような理不尽な方法で歴史が動かされていることを知るたび、なんとも言えない後味の悪さを感じる。ひょっとしたら無益な血を流さずに近代化を進め、独立を護り抜く別の選択肢があったのかもしれない。
 そんなことを考えさせてくれる稔麿の存在は、貴重だ。それは二十一世紀の日本を生きる私たちが、大変な岐路に立たされているからに他ならない。百年後の人々に「あの時、判断を誤ったのではないか」と言われたくはないのである。そんなことを思いつつ、あらためて稔麿の生涯を追ってみた。


最後に「司馬遼太郎が~」の「はじめに」「(本文の)一番最後」「おわりに」から一部を引用します。

(以下「司馬遼太郎が描かなかった~」より一部抜粋引用)
(「はじめに」より)
 かく言う私も中学、高校生の頃、胸躍らせて司馬遼太郎作品を次々と読んだファンの一人だが、二十代になると読まなくなっていた。その後、歴史研究を続けていたが、ある時ひさびさに司馬遼太郎作品に「再会」したところ、なんとも言えぬ違和感に襲われた。一人か二人の特別な英雄が出現し、さっそうと時代を変えてしまうといった、いわゆる「英雄史観」で貫かれていることがその第一。人物を好き嫌いで評している部分が多いのが、その第二。また、歴史が進む上で重要な要素の多くが、意外と物語から除外されていることも気になった。
 視界ゼロの厳しい状況下で、生活格差が拡大し、「この国」の国民はいま、「強い国」「美しい国」「誇りが持てる国」といった口当たりだけが良い「幻」に飛びついてしまう危うさを抱えている。司馬遼太郎作品は、そうした危うさに妙にフィットしてしまう。それは戦車隊の士官として終戦を迎えた、決して幸福といえない戦争体験が小説作品の出発点になったといわれる司馬遼太郎が望んだこととは到底思えない。(以下略)
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(本文の一番最後の部分より)
よく、司馬遼太郎作品の読後感として聞くのが、
「元気が出る」「勇気が湧く」「日本という国に誇りが持てる」
しかしそれはある意味当たり前で、明るく、楽しく、勇ましい「歴史」を選って描いた「物語」だからである。
--------------------------------------------------------------------
(「おわりに」より)
 司馬遼太郎が独自の価値観で歴史の空白を埋め、生み落とした数々の作品はこれからも人々を魅了してやまず、読み継がれてゆくことだろう。作品は今後も映像化され、その舞台になった地は、官も民もお祭り騒ぎに明け暮れるはずだ。地元で語り継がれた「本物の歴史」は掘り下げられることなく忘れ去られ、司馬遼太郎が紡ぎ出した「英雄物語」が逆輸入のすえ、いつのまにか現地に伝わった話であるかのごとく都合良く喧伝されている例を、私は身近でも嫌というほど見てきた。
 「この国」から希望が失われてゆくのに比例して、司馬遼太郎作品がさらに注目されてゆくならば、その読み方、楽しみ方をもうちょっと考えてみませんか、という思いで本書を書き進めた。紙数の都合上、十分果たせなかった点もあるが、それは別の機会としたい。(以下略)

1回目の記事でも書きました通り、こういった記述を見れば、
「一坂太郎は、いわゆるリベラル思想の歴史家である」
というのは明らかです。

何かにつけて幕末の歴史を、現代の日本(及び戦前の日本)と関連付けて解説し、その上で「自分自身の歴史観」を披瀝して、その内容がことごとく
「反安倍自民」及び(戦後9条)平和主義」的な「歴史観」
によって貫かれています。

まあ確かに、本文全体が「そういった歴史観」ばかり主張されている、という訳でもありませんので、殊更一坂太郎の本を非難するつもりはありませんが、彼の根底にそういった思想がある事だけは意識して彼の文章を読んだほうが、本の内容を正しく理解できると思います。



しかし正直な所を言えば、「英雄譚」「勇ましい歴史観」忌み嫌う一坂太郎の歴史観からすれば、今回の「花燃ゆ」という作品は、
一坂太郎にとっては非常に素晴らしい作品
と言えるはずだと思うのだけれど、彼がこれまで書いてきた「花燃ゆ」論評ブログの内容を読む限り、決してそのようには感じられないんですよね。

不思議な話ですねw

視聴者(=国民)が「勇ましい!」「カッコイイ!」と感じるような作品は、彼にとっては「ダメな作品」のはずであり、今回の「花燃ゆ」のように視聴者(=国民)が「全然勇ましいシーンがない」「ヘタレとキチガイばっかり」と感じる作品こそ、彼にとっては「素晴らしい作品」であるはずですよねえ?

視聴者(=国民)がそれを(例えば司馬作品を)「面白い」と思うかどうか?などという事は全く考慮しないで良い、という一坂太郎の考え方であれば、面白くもなんともない今回の「花燃ゆ」という作品も、彼が理想と考える歴史ドラマを具現化してみたら「こういう作品になった」、そんな一つの好例として好意的に捉えるべきなのではないでしょうか?

むしろ一坂太郎は「花燃ゆ」をもっと評価すべきですよね。
『とにかく、司馬作品のような明るさも、楽しさも、勇ましさもない作品ではあるのだから、その事だけでも「花燃ゆ」という作品はもっと評価されるべきで、NHKは今後もこういった作品を作り続けるべきである』と。
そう評価すべきですよね?

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(以下、毎回このブログに貼られるテンプレートになります)

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには「映像や音声で感覚に直接訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが、<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合は、それが至上命令となっており、やり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが数年に渡って垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民主党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(終)

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  • 2015/08/11(火) 21:53:02 |
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