処士策論

「処士」(しょし)とは、仕官していない人、民間の人、在野の人のこと

2020年の東京オリンピックの正しい受けとめ方

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昨年末の安倍総理、岸田外相による「日韓慰安婦合意」を発端にして、一度は『このブログを閉鎖する』とまで宣言していたクセに、その後、熊本地震の発生、オバマ大統領の広島訪問とあって、最近では『参院選だー、都知事選だー、8月15日だー、リオ五輪だー』と重大イベントが慌ただしく続いた事もあり、以前とあまり変わらないブログ活動に戻ったかのような感もあった私ですが、実際の所モチベーション的には、それ程回復してはいないのです。

ちなみに前回の記事では、リオ五輪の閉会式に催されたトーキョーショーの事を取り上げて、多少「安倍総理の事を擁護した」と言うか、実際には「トーキョーショーにおける安倍総理を非難している反日サヨク的風潮を批判した」だけの事に過ぎないのですが、だからと言って私は安倍総理の事を肯定的に受けとめている訳ではなくて、ハッキリ言ってしまえば、私は安倍総理の事は今でも嫌いなのです
(※反日サヨクの人達とは全く逆の理由で)

ついでに言えば、前回の記事で『トーキョーショーにおける安倍総理を非難している反日サヨクの連中は「安倍という人間が生理的に受け付けない」という、ただそれだけの理由で、感情的に「スポーツの政治利用」などと言っているだけだ』みたいな事を述べましたが、もしあの場でマリオに扮していたのが菅直人総理大臣だったとすれば、私も同じ様に「スポーツの政治利用だ」と言ったかも知れません。
もちろん、それも感情論に違いありませんが。
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ただし客観的に見て、安倍晋三という人物と菅直人という人物を同列で評価するとすれば、(反日サヨクの人達は例外としても)多くの一般国民からは『その二人を同列で比較するなんて、あんまりだ』と非難する声が殺到するのは確実と言えるでしょう。




さて、これから今回の本題に入りたいと思います。

古くから私のブログを読んで頂いている方はご承知の事と思いますが、私自身は「2020東京オリンピック」をかなり肯定的に受けとめています。
このブログでも、過去にそのようなスタンスでブログ記事を書いてきました。

例えば3年前の東京開催決定の時に書いたこの記事などは、その典型と言えるでしょう。
東京オリンピックと日本の顔(2013/09/08)

また、前回の記事でも私は「そういったスタンス」で記事を書いておりました。

なるほど確かに「トーキョーショー」は、そのショーの出来として見れば、間違いなく成功作品だったと言えるでしょう。
(※ちなみに、あの「トーキョーショー」を手掛けたクリエーティブ・スーパーバイザー佐々木宏という人物が、例のソフトバンク犬のCMを作った人間である事は私も知っています。そして私は何も違和感を感じていません。仕事の才能と、イデオロギーの方向性は、全く別次元の問題です。イデオロギーのおかしな連中でも、質の高い仕事をする人間はいくらでもいます。今回はたまさか結果として、それが良い方向に出ただけの話です)
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しかし私もあの「トーキョーショー」に対して心の奥底では、それは反日サヨクの連中とは全く次元の違う感覚ではあるのですが、当初から引っかかっていたものはあったのです。

その引っかかっていたものが何だったのか?その後数日を経ずして、私は気がついたのです。

以前から薄々感じていた事でもあり、また各所でそういった指摘がある事も意識はしていたのですが、先日のリオ五輪「トーキョーショー」での「安倍マリオ」を目にする事によって、私はある種確信に近い実感を得たのです。

『ああ、あの男(安倍総理)4年後の東京五輪までは、対外的には宥和政策しか取るつもりはないのだな』と。
そしてそういった対外的な姿勢は、一昨年からずっとそうだった(=靖国参拝も取りやめていた)けれども、その方針が明確になったのは「昨年の暮れ(日韓合意)からなのだな」と。
(※ただし北朝鮮の拉致問題だけは話は別です。詳しくは後述しますが)
(※また「宥和政策」というのも、やや言葉の意味が違うのかも知れません。「宥和政策」という事であれば、日本は戦後一貫してそうであったのですから、別に「2020年まで限定」という訳でもありません。「2020年まで限定」として言うのであれば、「他国が嫌がる事は絶対しない」「危ない事は絶対しない」という“ヘタレ外交”と言うべきでしょう。まあこれも、戦後一貫していると言えるかも知れませんけど)

まあ良く言えば、安倍総理はそれ程までに「2020東京オリンピック」に賭ける意気込みが強い、という事なのでしょう。


確かに、「2020東京オリンピック」が決まった直後くらいから(特に反日サヨク的傾向の強いメディアなどから)、
『これで2020年までは、日本は他国と揉め事を起こす事は出来なくなったな!』
みたいなコメントはあったけれども、まさか私もこれ程までに酷い事になるとは予想していませんでした。



実は私自身、東京五輪の決定前、まだトルコやスペインとのコンペの最中に述べていた解説の中で「その事」について言及はしておりました。

待て!今は待つのだ、イプシロン!(2013/09/01)
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(以下、一部抜粋して引用)
いよいよ投票が近づいてきた東京オリンピックについては、私も都民の一人ですから気になる所ではあります。

話は少し逸れてしまいますが、「8月15日の安倍総理大臣による靖国神社参拝」が今回見送られた事について、私も8月に入ってからこのブログでいろいろと書きました。

正直、私の期待は裏切られた形となった訳ですが、以前のブログ記事でも書きましたように私は安倍総理大臣を見限った訳ではありません。
(中略)
私は、安倍総理大臣が今回の靖国神社参拝を見送った背景には、
「東京オリンピックの招致活動」の影響
もあったのではなかろうか?と思っています。

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靖国神社参拝の問題については、詳しい背景などほとんど理解していない海外の人達に対して「反日キャンペーン」を展開するのに非常に利用しやすい材料の一つである事は確かですから。
また中韓を筆頭に、日本国内のマスゴミが大手を振って「反日キャンペーン」「東京オリンピック招致の妨害」に利用する事も明らかですし。
(※詳しくは知りませんが、今は「福島の汚染水漏れ」「反日キャンペーン」「東京オリンピック招致の妨害」に利用している連中もいるらしい。まあ毎度の事ですが反日サヨクの連中が暗躍しているのでしょう)

「東京オリンピックの招致活動」が影響しているという事であれば、私も今回の見送りは仕方が無い事だと思います。

物事の本質はともかくとして、実際に海外からは「(靖国神社参拝が)そのような目で見られる可能性を否定できない」、いまだ戦後(敗戦後)レジュームから脱却できていない我々日本国としては、敗戦国日本を叩く「反日キャンペーン」というプロパガンダを「まだまだ自力で払拭できない」という厳しい現実が存在する訳ですから。

これでは安倍総理大臣としても、隠忍自重せざるを得ませんよね。
比較できるものではないですけど、「東京オリンピック招致の」は、現代の我々にとって、特に子供達にとっては、「かけがえのない」となるものですから、英霊の皆様にも分かって頂けるのではないでしょうか。
(以下略)
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そしてもう一つ。
これは8月15日だけじゃなくて、その後、秋の例大祭においても安倍総理が靖国参拝を避けた事に対して書いた記事です。

もう何と言ってよいのやら。安倍さん(2013/10/20)
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(以下、一部抜粋して引用)
本来国内的な問題であるはずの「靖国参拝」が、完全に「外交問題」になってしまっているので、そういった喧噪の中で「靖国参拝」をする事自体が政治的なパフォーマンス以外の何物でもなく、粛々と静かに行うべき「靖国参拝」の趣旨から外れるという見方も確かにできるだろう。

上記に挙げた細かな事情を一切振り切って、
『細かい事は良いんだよ!靖国神社を参拝するのに打算的な事を考える事自体が不遜なんだよ!』

こう言い切ってしまえばどんなにか楽だろう、と思う。

しかし私は以前に「東京オリンピックの招致」と「靖国神社参拝問題」を関連づけて記事を書いた事がある。

東京オリンピックという夢の為ならば、8月15日の「靖国神社参拝」を今回は見送るとしても、それは致し方のない事である、と。

この時点で、私は「靖国神社参拝」を打算的に考えてしまっている。
(以下略)

(※この記事の続編として書いた記事のリンクも一応貼っておきます)
今の安倍晋三氏は怖ろしい程、徳川慶喜に似ている(2013/10/23)
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東京オリンピックという夢の為なら「靖国参拝回避も仕方がない」=「外国との揉め事を避けるのは仕方がない」みたいな事は、実は過去に私も書いておりました。

だけどねえ・・・。
上記の論旨は、あくまでも「東京開催を獲得する為の方便」として述べているのであって、実際に東京開催を獲得した後まで「バカ正直」に靖国参拝を回避する必要など無い。
子供じゃないんだから。

一度正式に決定した「2020東京オリンピック」が、余程の大事件でも起きない限り、「取り消し」などになるはずがない。

ましてや、「いわゆる従軍慰安婦」などというデタラメを認めるくらいなら、そんな靖国の英霊を侮辱するデタラメまで甘受させられるくらいなら、ハッキリ言って私は「2020東京オリンピック」の開催が失敗しても良い、とさえ思っている。
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少なくとも、「それぐらいの腹づもり」で外交問題に取り組む姿勢が無ければ、日本国家の尊厳は2020年までに、今よりもっとボロボロになってしまうだろう。





さて、最後に北朝鮮の拉致問題に関する安倍政権の姿勢について書いておきたいと思う。

今年の年初の記事でも書いたように、北朝鮮の拉致問題に関しては、私は安倍政権は積極的な姿勢を有していると思っている。

その時の記事で、
>それは例えば、何人かの拉致被害者が還ってくるとか(もちろん日本側が代価を支払わされる形になるのは当然の事として)

と、一応指摘してはいるけれども、その少し前の記事で、
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(以下、一部抜粋して引用)
最後だからハッキリ言ってしまうが、そして私は薄情者と罵られる事を承知しているので敢えて言うが、
『それでも私は、身代金を支払うのは反対である』

『そんなの拉致被害家族が可哀想じゃないか!?』と、きっとほとんどの人がそう言うだろう。

これまで、もう何十年もこの問題を放置し続けてきて、今更何が「可哀想」だ。
「可哀想」などというレベルは、もうとっくの昔に超越してしまっている。

“良い人”と思われたいという気持ち。それは分かる。
しかし国家というものは、それではダメなのだ。

あの国の国民に手を出したら、何十倍にして報復される可能性がある。
そういう“おっかない国”にならなければ、拉致や人質事件には対処できない。

本当に北朝鮮や拉致事件を強く憎むのであれば、そして今後二度と起こさせないようにするつもりなのであれば、日本もそういう“おっかない国”を目指すしかないだろう。
“良い人”と思われているようではダメなのだ。

それが拉致被害者の犠牲(既に人生の大部分を台無しにされているのだから、敢えて“犠牲”と書くが)を無駄にしない為に、我々が出来る精一杯の反省であるはずだ。
(以下略)
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などと、私は「理想論」と言うか、「あるべき論」として正論を述べているつもりではあるのだが、正直な所、今の日本国家に、特に「自民党・安倍政権」などという宥和外交(ヘタレ外交)しか出来ない政権に、このような正論を望むのはあまりにも酷である。

念の為、ハッキリ言っておく。
『金は払っても良いですよ』と。

「“独立国家”としての体をなしていない現在の日本国」に、上記のような正論を求める事は、今のチャイナに対して『共産党による一党独裁をやめろ』とか、今の朝鮮人に対して『虚言癖をやめろ。あと反日教育もやめろ』と要求するに等しく、そんなもん最初から無理に決まっている。

むしろ今の日本政府が「金を出さない」理由は、そんな所(=独立国家としての国家の尊厳)にあるのではない。

自分達が長年放置してきた、と言うか当初はその問題が存在する事さえも認めようとしなかった、そういった「自分達の瑕疵」を認めたくないから、要するに、
『長年問題を棚上げしてきて、「金を払って解決する」というタイミングさえもずっと棚上げし続けてきて、もう何十年にもなろうかというのに、今さら金なんか払えるか!面子丸潰れだわ!』
というクダラない理由に過ぎないんだろう?

“時間”を取り戻す事は、神様だって不可能だ。

今の日本の現状からすれば、戦後ずっとそうやってきたように「金で解決出来るなら、とにかく金を出して解決するにかぎる」という、これまで通りの常套手段を使えば良いではないか。独立国家でもないのに、意地を張っても無駄なだけだ。

それが高齢化に直面している拉致被害家族の為でもあるのだから。


まあ、私が許そうと許すまいと、安倍政権は間違いなく「そうする」はずである。
なんせ、他に選択肢は存在しないのだから。




以上、長々と持論を述べてまいりましたが、結論として言えば、
『2020年までは、「いわゆる保守派」としての望みを日本政府(現状では安倍政権が、何か突発的な事故にでも遭わない限り存続してしまう可能性が高いが)に対して求めても、全ては徒労に終わるだろう
という事です。

であるからして、何もしないで良い、という訳ではない。

2020年の東京五輪まで、あと4年です。
4年なんて、あっという間です。

「その後」に備えた準備が必要です。
(※まあ経済的な落ち込み(=東京五輪景気の反動)に関して言えば、例によってその1、2年前にイチ早く訪れるでしょうけど)

東京五輪によって得た物、失った物をしっかりと分析して、日本再生の道筋をしっかりとつけていく事が肝要になる、と言えるでしょう。

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには「映像や音声で感覚に直接訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが、<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合は、それが至上命令となっており、やり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが数年に渡って垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民主党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(終)

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