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処士策論

「処士」(しょし)とは、仕官していない人、民間の人、在野の人のこと

上念司「明治維新」本は著者も言う通り、タイトル間違って出したみたいね

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前回前々回の記事では、2年前に書いて「お蔵入り」のままにしておいた「幕末・維新」関連の記事を掘り起こして、来年の「幕末薩摩の大河ドラマ」にあわせる形でアップロードするという事で、なんとか「日の目」を見させてやる事ができました。

実はそういった「お蔵入り」のネタはもう一つありまして、これもまあ同じ「幕末・維新」関連の話ではあるのですが(ただしこっちは前回のような「引用文形式」ではなくて、私自身が書いた純粋な「論評」ですが)、実は半年程前に描き上げてはいたものの、どうもその後、公表するタイミングを逃してしまいましてずっと「お蔵入り」のままにしていました。

しかしこれも、来年の「幕末薩摩の大河ドラマ」に合わせる形で今回アップロードしたいと思います。

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経済で読み解く明治維新 上念 司 2016/4/9
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先日(※半年前の話)、近所の図書館にいつものように「幕末・維新」関連の専門書を借りに行った時、たまたまこの上念氏の本が目にとまったので「お試し程度」のつもりでちょっと読んでみました。

上念氏本人も「あとがき」で、いつもの「ボケ」トークのノリで、
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>『この本は確か『経済で読み解く明治維新』というタイトルでしたよね。しかし、残念ながら「明治維新」の話はあまり書いていないんです。スミマセン、またやってしまいました!! 去年出版した『経済で読み解く大東亜戦争』では、「大東亜戦争」そのものについてはおそらく1割も書いていません』(以下略)
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と書いております通り、確かに「明治維新」に関する記述は全体の2割有るか無いかぐらいでしょう。

基本的には、「幕末・維新」というよりは「江戸時代全体」の経済の話が中心になっています。

まあ別に、それはそれとして、良しとしましょう。



ただし、その分量の少ない「幕末・維新の経済」の部分について、その「中身」に多少問題があると思います。

まあ「幕末・維新」にそれほど詳しくない人(=素人)向けであれば、この程度の内容でも良いのかも知れません。と言うか、どう見ても著者自身が「幕末・維新」にそれほど詳しくないのは明らかで、いかにも「付け焼き刃のにわか知識」といった部分が所々見受けられます。

それでも押さえる所はそれなりに押さえてはいますから、それほど著しく内容が矛盾している訳ではないのですが、以下に気になった部分を幾つか列挙しておきます。
(※かなりマニアックな話になります)

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(1) 「兵庫開港問題」の記述が無い
第6章の冒頭で「なぜ薩長は幕府を倒そうとしたのか?」みたいな話が少しだけなされている。と言うか、本来この本のタイトルからすれば「その事こそが核心部分」のはずなのだが、結局著者が思いついた色々な憶測が並べてあるだけで、結論は述べられていない。その事自体も問題ではあるが、一番問題なのは「兵庫開港問題」に全く触れられていない、という点である。これを見落としたのは上念氏の専門が「経済」というよりも「金融」に重きを置いている、という事が原因であろうか。

この本では案外、幕末における薩摩、長州の「財政再建策」の事は詳しく書かれているが、「兵庫開港問題」に触れずして、経済的観点から見た上で「なぜ薩長は幕府を倒そうとしたのか?」を語るのは、やはり問題があるだろう。
(※私は別にそれが「なぜ薩長は幕府を倒そうとしたのか?」の最大の要因だとは言わないが、この本の内容からすれば「兵庫港も横浜港と同様に幕府独占で開港されようとしている」という事を無視してはダメでしょ。生糸や茶の貿易の事はしっかりと取り上げているんだから)

(2) イギリスに関する記述がほとんど無い
その「なぜ薩長は幕府を倒そうとしたのか?」の一番最後の所で、申し訳程度に『ちなみに、イギリスの影を指摘する意見もありますが…』と書かれているだけで、本書ではイギリス関連の話がほとんどされていない。更にあとがきの所で『ペリーさえ来なければ、不平等条約もなく、長州がいくら騒いでも幕府に力でねじ伏せられ』云々と書いているが、ペリー(米国)が来なくても英仏が遅かれ早かれシナ大陸(アヘン戦争及びアロー戦争)経由でやって来るのだから、その前提としている認識自体がおかしい。
(※というか、経済にはほとんど関係はないが、ペリーとほぼ同じ時期にロシア使節も来ている)

当時の世界経済を握っていた大英帝国の影響力を抜きにして、幕末の日本経済を語る事自体、この時代に対する認識が甘すぎる。英国系商社の話を出すかどうかはともかくとして、英国主導の「改税約書」の話が無いのでは、「幕末・維新」の経済本としては甚だ残念な内容と言わざるを得ない。
(※これも、私は別に「英国の陰謀。全部英国がやった論」を容認する人間ではないが、英国の圧力を無視してこの時代を語るのは不可能だと思う。まあ幕末期の米国を現在の米国並みに「超大国だった」と勘違いさせたい、という試みは、上念氏だけに限らずNHKも似たようなもんだけどね。例えば「ペリーの黒船来航」を極端に強調する印象操作も多いし)

(3) 「日米通商条約での、誤った為替レート」の記述部分について
これは「幕末に日本から海外へ金が大量に流出した逸話」として、幕末に興味のある人にとっては少しは知られた話であるが、1859(安政6)年の横浜開港に合わせて「銀貨と比較して割安な金貨(小判)を求めて欧米人が殺到した」という事件で、この上念氏の本ではその事が詳しく解説してある。ただしこの事件を文章で詳しく解説するのはかなり面倒なので、ここでその経緯は解説しません。知りたい人はググるか、この本を読むか、して下さい。

この本の記述内容は概ね正しい。
ただしテクニカルな面では多少問題はある。上念氏はP218で『当時の金と銀の交換レートは1:16でした』と、この事をこの問題の要因とみなしているが(多分これは国際レートの事を言っているのだと思うが)、もちろん「鎖国」下にあった当時の日本が金銀の国際レートをそこまで厳密に取り扱うはずもなく、実際の所は、純粋に「為替レートの差」が要因となった話である。まあこれはかなり細かい話であり、それほど重要な話でもないけど。

そしてその「為替レートの差」の問題について、上念氏はP229で、
『原因を作った張本人であるハリスは、ぬけぬけと金貨の品位を3分の1にして国際標準に合わせるよう幕府に提案してきました。もちろん、このとき幕府には選択肢はありませんでした』
と述べているが、この『選択肢はありませんでした』という意味が、「ハリスに強要されたから」という意味なのか?それとも物理的な意味として「他に選択肢はなかった」と言いたいのか?

どうもこの前後の文脈からすると、上念氏は前者の事を指しているように思われるのだが、その直前に書いてある貿易決済用の安政二朱銀の件は別として、「万延小判の発行」以外、実際他に何か方法があったのだろうか?確かにその導入に幾分時間がかかったせいで、ある程度の金貨の流出があったのは事実だし、それは幕府の手落ちと言えるだろう。私自身が「歴史のIF」に否定的な立場の人間である事は過去度々強調してきたが、なるほど「最初から全て完璧に出来ていれば」それはそのほうが良かったに決まっている。

その後、上念氏も書いているように、この事件が及ぼした一番の問題点「国内の急激な金銀為替の変動」について、この事が幕末の世相に大きな影響を与えたというのは、上念氏が言うように私も事実だと思う。その上で上念氏はこれを「幕府の大きな失策」として非難している(※これは上念氏だけに限らず、他の多くの人々も同様に非難している話ではある)。しかしながら、それでは当時の現実的な選択肢として『「万延小判の発行」以外に、他に選択肢はあったのだろうか?』と私は問いたい。

(4) 一番最後の結論の部分
終盤のP271に『ここまでくると、明治維新は何のためにやったのかわからなくなります。そもそも、経済政策という点で見る限り、明治維新以降実施された政策は、江戸幕府でもやろうと思えばやれた政策ばかりです。(中略)しかし、「できたかもしれない」ことと実際に「やる」ことの間には越えられない壁があります』とある。

これはまあ、良しとしよう。
そしてその後に荻原重秀、徳川吉宗、大岡忠相、田沼意次等の江戸中期の人物名を出して『あの時ああしていれば』みたいな話をしている。

更にあとがきでは、一応『もちろん、これは後知恵に過ぎませんし、歴史に「もし」は禁物です』と断りを入れつつも、ここでもやはり『あの時(江戸中期頃に)ああしていれば』みたいな話を延々としている。

もちろん私自身、先述したように、このブログでは口が酸っぱくなる程、
『歴史にIFは無い。特に自説に都合良くする為のIFは最悪である』
と述べているように、それらのIFを容認する気は毛頭ない。

第一「歴史のIF」を語るにしても、上念氏が設定するIFはあまりにも説得力の無い「歴史のIF」、というか「幕末のIF」である。

上念氏が挙げているそれら幕府首脳の人間が幕政をドラスティックに変える、などというのは「外圧による危機感」が無い限り絶対にあり得なかった話である。そして日本に「外圧による危機感」が大きく覆いかぶさってくるのは産業革命後、蒸気船が普及してからの話であり、具体的に言えば1840年の「アヘン戦争」以降の話である。
(※細かい事を言えば、それ以前からロシアの脅威も多少はあったが)

しかも「アヘン戦争」以降でさえ危機感を持った政治家は一部に過ぎなかった訳で、いわんやそれ以前の政治家が「外圧による危機感」を持つなどというのは「歴史のIF」としても荒唐無稽な話と言える。

そして幕末においては、1860(安政7)年に井伊直弼が死んで以降、幕府には「決断ができる政治家」が一人もいなくなったのだから、いかに幕府官僚が有能といえども所詮は官僚で、この連中が今一度全国を統御できるような力を持つなどという事はあり得ず、経済政策のごときは官僚としてそれなりに正しく打ち出せたとしても、所詮革命は「武力」によってなされる以外になく、その日本自身に向けられている「外圧」ももちろん「武力」であり、それが「富の収奪」の源泉でもあった。そういう時代である。

その「武力」によって革命を成し遂げた武士たちが、明治10年までに中央集権(廃藩置県)体制を作り上げた事までは良かったが、勢い余って自分達の武士の身分まで消滅させてしまったのだから、皮肉な話ではあるけれど。

その一方で、長州征伐で長州一藩さえも処分できなかった、「決断ができる政治家」が一人もいなかった幕府が、「中央集権化、武士の消滅」などという「痛みを伴う決断ができた」とはとても思えない、というのが私の持論である。
(※まあ、この結局「幕府じゃ無理」という結論自体は、私と上念氏にあまり差異はないようだが)
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以上、とにかく「幕末・維新」本としては「やや偏向した本」という事は間違いなく言えるでしょう。「江戸時代全体を対象とした経済本」という事であれば話は別ですけど。

でもまあ「幕末・維新」の専門家じゃない人(上念氏)に対しては、ちょっと厳しすぎる意見だったかな。

どうも、言わずにはいられない性分なもんで。ごめんなさいね。
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以上で半年前に書いた記事のアップロードは終了です。



私自身は経済の専門家という訳でもないし、幕末の「経済」の部分をそれ程詳しく調べている訳ではありません。それでも石井寛治先生の「近代日本とイギリス資本 ジャーディン=マセソン商会を中心に」ぐらいは読んでます。
(※上念氏も石井寛治先生の別の本を参考文献の一つに挙げてあった)

伝え聞く所では「あの倉山満」が“西郷隆盛”の本を最近出したらしい。
当然、これも来年の大河に便乗して出したものなのでしょう。
私は読みませんけど。

そもそも私は、倉山満の歴史関係の本は一冊も読んだ事がありません

私が読みたい幕末・維新の「専門書」は山ほどあります。
そしてまだ読み切っていない本も手元にたくさん残っています。

素人向けの倉山の歴史本などを読んでいる暇は、私にはありませんので。

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには潤沢な資金(税金)があり、更には「映像や音声で直接感覚に訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合、それが至上命令となっておりやり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが3.11以降に垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク1リンク2

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク1リンク2

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民進党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(終)

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