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処士策論

「処士」(しょし)とは、仕官していない人、民間の人、在野の人のこと

坂口尚「石の花」「あっかんべェ一休」 後編

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前回(前編)の続きになります。

前回は坂口尚先生の『石の花』について書きましたが、今回は坂口先生の
『あっかんべェ一休』について書きます。

以下、前回と同様に関連リンクを貼っておきます。
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『石の花』wikiリンク
『あっかんべェ一休』wikiリンク
作者:坂口尚(wikiリンク)(公式サイト※没後20年に設立されたもの)

以下、amazonへのリンク
171201_g5d3o6s8_0001.jpg石の花(1)侵攻編 (講談社漫画文庫)

171201_g5d3o6s8_0002.jpgあっかんべェ一休(上) (講談社漫画文庫)
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『私は歴史オタクですが専門は幕末・明治です』
などという事は、これまで繰り返し書いてきました。

それでも「歴史オタク」には違いないのだから、「一休宗純」という歴史上の人物を扱っている本作に対しても、私(ブログ主)は大いに興味を持っているに違いない、と皆さん思われるかも知れません。

まあ、それは確かにそうなのですが・・・。
それにしても「一休」は、あまりにも難しい題材だと思います。

これは私だけに限らないと思いますが、室町時代、特にこの一休の生きた15世紀というのは、少なくとも応仁の乱が勃発する1467年頃までは歴史的な大事件もあまりなく「大河ドラマには一番なりにくい時代」であり、我々にとって「一番馴染みの薄い時代」と言っても過言ではないでしょう。

ちなみに一休の生没年は1394~1481年なので、その晩年には応仁の乱に遭遇しており、一応この作品でも応仁の乱については多少触れられています。
171202_g5d3o6s8_0001a.jpg

また、応仁の乱と一休と言えば、一応NHK大河ドラマ『花の乱』で94年に(ちょうどこの『あっかんべェ一休』がアフタヌーンで連載されていた頃)一度放送はされています。
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しかしこの作品は応仁の乱(というか日野富子)がメインであって、一休が主に活動していた15世紀前半は物語の対象にほとんどなっていません
(※ちなみに私は最初の数話しか見ていないのでその辺、断言はできませんけど。それにしても『花の乱』は「視聴率的な部分」も含めて、NHK的には結構「黒歴史」みたいな扱いになってるよなあ。あと、ここ1年程NHKが応仁の乱と呉座勇一氏をやたらプッシュしている先週のヒストリアもそうだった)のは「数年後に大河でやりたい」という思惑でもあるのだろうか?まあ550年の節目と言われれば、確かにそうなのだが…)




前回『石の花』の時には、その「歴史物語の性質」について、私なりの見解を述べました。
端的に言えば『石の花』は「歴史物語」として捉えるよりも、「歴史ヒューマンドラマ」として読むべき作品である、と。

その一方で、この『あっかんべェ一休』という作品は「歴史物語」として、どのように描かれているのでしょうか?

実際の所、この『あっかんべェ一休』では、少なくとも『石の花』との比較で言えば、歴史の記述や当時の風俗(時代考証)の描写にかなりの力を割いて、物語を描いています。

特に土一揆や庶民の悲惨な生活ぶりなどは「これでもか!」というぐらい(上記の応仁の乱の描写からも分かるように)たたみ掛けるような勢いで描いています。また歴代の足利将軍の行状も(ほぼ全員悲惨な形で最期を迎える様子を)かなりの紙面を割いて描いています。

しかしそうは言っても、当然の事ながらこの作品は「一休という人物の一代記」というスタイルを取っていますので、やはり作者が描きたいのは「一休という人間そのもの」であり、歴史の描写は、『石の花』と比べれば非常に力を入れて描いているにもかかわらず、それほど重要視されているようには感じられません。
(※先述したように、そもそも一般的に知られている歴史的大事件があまり多くない15世紀の室町時代を描いている、という理由も大いにある)

そういう意味では、やはりこの作品も『石の花』と同様に、「歴史物語」として捉えるよりも、「歴史ヒューマンドラマ」として読むべき作品である、とは言えるでしょう。と言うよりも、この作品は「一休の人生哲学を語るドラマ作品」と言えるのかも知れません。

一つだけ注意が必要なのは前回も書きましたように、「人間」を描くと言っても『石の花』は「創作上のオリジナルキャラクター」の話であるけれど、この『あっかんべェ一休』は「実在した歴史上の人物=一休宗純」の話であるので、その捉え方は一筋縄ではいきません。

この『あっかんべェ一休』という作品は、あくまで坂口尚先生の解釈による「一休」であり、他の作家が別の解釈で「一休」を描けば、また違った形の「一休の人間像」が作られる、そういった可能性も大いにあるのです。「創作上のオリジナルキャラクター」=『石の花』の場合とは違って。


とりあえず、一休や室町時代の事を考えるにあたって、ここで司馬遼太郎『街道をゆく』の「大徳寺散歩」から、一休にまつわる司馬さんのエッセイを引用してみたいと思います。

(以下、NHK『新・街道をゆく』「大徳寺散歩」より抜粋して引用)
171202_g5d3o6s8_0002.jpg
『一休はその真骨頂よりも、ユーモラスな行状によって人に親しまれている。今日なおアニメになったりして、大袈裟でなく、世界中の子供から親しまれているのである。ところが、その言動や詩集「狂雲集」などから「一休とは何者か?」という事を考えていくと、一筋や二筋の縄ではいきそうにない』
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『一休が生きた室町時代そのものが異常で、私どもの想像力ですぐさま手触り出来るような時代ではない。「室町」と言えば、現在の日本文化の源流がことごとくこの時代から起こっているのである。その点では華麗この上もなく、思想においては、例えば禅がある。更に芸術においては、能、狂言、また茶や新様式の絵画などが群がり起こった。「世は幻である」と思いつつも、人々は生きる楽しさを知ったのである。一休の生涯も、そういう世間の華麗さが背景になっている』
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(中略)
『「諸悪莫作 衆善奉行」言っている事はそれだけである。「悪い事をするな。良い事をせよ」というだけの意味である。一休という人は墨跡の良い人だが、それにしてもこの「諸悪莫作」は抜きん出ている。隅々まで力が溢れているだけでなく、えもいえず優美なのである。更に言えば、信じ難い程に清らかな魂魄が高々と天にかかっている。一休は理解するよりも、むしろ感ずべき対象であるらしい。高度に感ずれば、驚くばかりに澄明(ちょうめい)である』
(以下略)

坂口先生がどのような経緯で一休に興味を持ったのか?私はよく知りません。何と言っても、この作品を描き上げた直後に急逝されてしまったのだから、単行本には「あとがき」も書かれていません。(※少なくとも私の手元にある文庫本では。元の単行本には何か書いてあったのだろうか?)

前回取り上げた『石の花』は、新潮社から出されている「新版」を参考にしていたのですが、その第4巻の巻末あたりに作者近影の写真が載っていて、そこには「次回作『狂雲子・一休』(仮題)の資料を整理中の著者」と書かれており、この第4巻が出版されたのは1988年の事ですから、『月刊アフタヌーン』で1993年から連載開始になる5年近く前から、既に坂口先生は一休に強く関心を抱いていた事が分かります。


とにかく、描く時代の選択として、この「室町時代」を選択し、描く主人公として「一休」を選択するというのは、相当「危険な賭け」だったろうと思います。まあ、それを言えば「第二次大戦下のユーゴスラビア」を選択した『石の花』も、元より相当「危険な賭け」だった訳で、そういう点ではこの2作品はある意味共通している、と言えるでしょう。

一言「天邪鬼」と言ってしまえばそれまでに過ぎないのかも知れませんが、『石の花』に込められた作品メッセージにも見られるように、
「現実または世間の常識に抵抗する自由な人間」
これが、坂口先生の理想的な人間像なのだろう、と私は思います。

だからこそ、坂口先生は一休を主人公に選んだのでしょう。

(※以下、一休にまつわる有名なエピソードを一部紹介)
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この作品は基本的に「一休の生涯をそのままマンガ化した作品」と言って良いと思います。一応押さえるべき所は概ね全て押さえて描かれているようです。

まあ私自身が、それほど一休に詳しくもなければ、室町時代も門外漢で、仏教や禅にも疎く、しかも東京在住で京都の大徳寺に行った事もありませんからあまり保証は出来ませんけどw

そして作画的な面で言えば、『石の花』の時にも少し触れましたように、写実的(劇画的)一辺倒ではなくて幻想的な心理描写または印象表現は坂口先生のオリジナリティーが一番発揮される場面ですから、この『あっかんべェ一休』でもそういった幻想的なカットが多数描かれています。
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あと、ここまでは全く触れていませんでしたが、能の「世阿弥」も結構登場機会が多く(ただし一休との接点はほとんど無かったと思いますが)準主役級の扱いを受けています。そういった方面に興味のある方にも、この作品はオススメかも知れません。
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それにしても返す返すも惜しいのは、坂口先生の急逝です。

もっと生きておられれば、更に多くの興味深いマンガ作品を我々に見せてくれたであろうに。



最後に、前回同様、ググッて見つけた『あっかんべェ一休』の書評を載せているブログなどを参考用リンクとして貼っておきます。
http://soko-tama.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-f665.html
http://ashinagakujira.blog.fc2.com/blog-entry-127.html
http://asabu001.exblog.jp/27668556/

以上で、『石の花』と『あっかんべェ一休』の論評は終了となります。

(※あ~、それにしても、これでようやく積年の胸のつかえが取れてスッキリしたw)

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには潤沢な資金(税金)があり、更には「映像や音声で直接感覚に訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合、それが至上命令となっておりやり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが3.11以降に垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク1リンク2

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク1リンク2

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民進党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(終)

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