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処士策論

「処士」(しょし)とは、仕官していない人、民間の人、在野の人のこと

沖縄県の人々は本当に純粋で素直な人々が多いのだろうと思う

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皆さん既にご存知の通り、昨夜台風が日本列島を通過している最中に、沖縄県知事選挙の結果が出ました。

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大方の「いわゆる保守系」の人々が感じているのと同様に、私も残念な気持ちです。

しかしその一方で、私は「沖縄の人々は純粋で素直な人々が多いのだなあ」という気持ちも抱いているのです。



ここ数年の私のブログ記事を読んで頂ければすぐにお分かりになると思いますが、私は「NHK」に対して、まあこの場合の「NHK」というのは「オールドメディアの代表的な存在」という意味合いで取ってもらったほうが良いと思いますけど、
沖縄広島長崎福島はNHKにとっての核心的な場所である
と、私は繰り返し述べてきました。

この四つの地域に象徴される事柄というのは、日本人であれば今更言う必要も無いでしょうが、
沖縄戦および米軍基地問題、原爆、原発、放射能
の事で、これらの事はオールドメディアの人々が抱いている思想に深く関わっています。

この「オールドメディアの核心的な思想」、それはイコール「太平洋戦争および原爆、原発、放射能に対しては素直に自虐的な意識を抱く」という思想であり、それは戦後の日本人にとっては「空気を吸うように、無意識の内にしみついている当たり前の感覚」であり、そういう感覚を身に着けていない人間は“異端者”として扱われる(例えば“ネトウヨ”などと蔑視される)のが今の日本社会の現状です。
(※ただし原発・放射能に関しては「戦後の日本人」と言うよりも「3.11以降、NHKによって新たに洗脳された日本人」と言うべきなのだが)

そしてこの事は、先月の北海道胆振東部地震に大きく関係するはずの「泊原発を再稼働するかどうかの是非を全く議論する事ができない」という本土や北海道の言論空間からもハッキリと分かる話です。

(リンク先の記事で使っているものから抜粋したピクチャ)
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「純粋で素直な」と言うか、「純朴で善良な」と言うべきか、そういう日本人が、沖縄には(多分北海道にも)多いのだろうなあ、と私は思う訳です。


ある意味、オールドメディアによって拡散されている「憲法9条に象徴される戦後的な価値観」に疑義を差し挟んでいる我々「いわゆる保守系」の人間こそが、今の日本社会では「左翼的革新勢力」のはずなのですから。
(※文末テンプレートに毎回書いている通り)



私はこのブログで、NHKを筆頭とするオールドメディアの事を散々批判をしてはいますけれども、多分そのオールドメディアの連中も抱いているであろう意識、それは
「お前ら(=ネトウヨども)の主張が本当に正しいというのであれば、我々がやっているプロパガンダを、実際にお前らの主張で乗り越えてみろ!」
といった意識であり、これはある意味、私も一理あると思う。
(※一般国民に対する影響力の差が、こちらとあちらとでは雲泥の差があるとはいえ)

そしてこのような彼我の対立は、今現在「憲法9条の改正」を巡って繰り広げられている安倍政権とオールドメディアの対立においてこそ、一番色濃く表れていると思います。




何はともあれ、人は急には変われません。
(※戦争などが起こって危機意識を覚醒されれば話は別だが)
と言うよりも、急に変われば、その反動も大きくなります。

時間をかけて、少しずつ前へ進むしかありません。

それが本当の「保守主義的思想」とも言えるのでしょうし、今回の沖縄県知事選挙は「三歩進んで二歩下がる」の歌詞の例えで言えば、これまで沖縄県内の各市長選挙で勝ち続けた後の「二歩後退」と考えるべきなのでしょう。
【以下、テンプレート解説】このブログで使っている言葉の定義について
<“左翼”ではなくて“サヨク”>
今の日本で“左派”と呼ばれている連中は、本来の意味での“左翼”ではなくて、単なる「憲法9条的な戦後サヨク」といった意味合いの物でしかないので(しかし今の日本で彼らは“左翼”ではなくて“主流派”である)、私は“左翼”ではなくて“サヨク”という言葉を使っている。

<“保守”ではなくて“いわゆる保守”>
先の大戦の敗北によって従来の価値観をほぼリセットされた戦後の日本では、真に“保守”すべき日本の国柄は既にほとんど失われている。また今の日本で「独立自尊」「自主憲法の制定」を唱えるのは“保守派”ではなくて“改革派である。それ故に一番相応しい呼称は“反サヨク”と呼称すべきだがそれでは「通りが悪い」ので、私は“いわゆる保守”という言葉を使っている。

「戦前の価値観」を知っている日本人がまだ数多く存命していた昭和の終わりまでは“保守”も“左翼”もある程度は字義通り通用していたのかも知れないが、戦後の日本しか知らない日本人が大半を占める今の日本社会では「かつての字義はほとんど通用しなくなっている」という事である。

※過去に何度か誤読されたり、こういった説明をする必要に迫られた事があるので、テンプレートとしてここに明示しておく。

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2リンク3リンク4
(※NHK受信契約訴訟の最高裁判決(平成29年12月6日)に関する記事)
「NHK受信契約訴訟・最高裁判決」から私が考えた事(2017/12/9)

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには潤沢な資金(税金)があり、更には「映像や音声で直接感覚に訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合、それが至上命令となっておりやり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが3.11以降に垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク1リンク2

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク1リンク2

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民進党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(了)

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