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処士策論

「処士」(しょし)とは、仕官していない人、民間の人、在野の人のこと

NHK大河ドラマ『西郷どん』に関するまとめ【5か月ぶりの追加論評】

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ここ最近は特にブログで取り上げたいと思わせるような政治・社会的な事件も見当たらず、NHKの報道についてもこれと言って突っ込みたいと感じるような話題も見当たりませんので(いや、細かい部分をつっつくのであれば私はいくらでもNHKに文句を言う事はできますけど)、久しぶりに「NHK大河ドラマ」の事を書きたいと思います。

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まあ「総論」として言えば、5か月前に書いた記事でほとんど言い尽くしてしまっており、その時に私が指摘、あるいは「予言」した通り、今に至るまで「ゴミのような番組の垂れ流し状態」が継続されております。

今年のNHK大河ドラマ『西郷どん』に関するまとめ・総評(2018/05/28)

この記事の中で、私は以下のように書きました。
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(以下、一部抜粋して引用)
今後この『西郷どん』に関する話題は基本的に(多分終盤に少しだけ登場すると思われるアーネスト・サトウに関する事以外は)二度と触れないつもりですので、まさかそういった話題を求めてこのブログに来る人がそんなにいるとも思えませんが、私が『西郷どん』に対して抱いている認識を勘違いされては困りますので、ここで一応の論評を書く事によってケリをつけておこうと思いまして、今回わざわざ書く事にした訳です。(以下略)
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ちなみに一応『西郷どん』では数話ほど前にアーネスト・サトウ及びウィリアム・ウィリスも登場しましたので、まさかこの記事の記述を憶えていてサトウやウィリスに関する話を求めてこのブログを来訪される方がいるとも思えませんが、一応このように書いてしまったという建前もあり、というか実を言えばこちらのほうが本音なのかも知れませんけど、
このゴミ大河に対するうっ憤を多少は晴らしたい」
という気持ちもあり、今回5か月ぶりに大河の論評を書く事にしました。



確かにこのブログではこの5か月程、『西郷どん』の事には一切触れてはいませんでしたが、実はツイッターのほうでは毎週のように批判や突っ込みを書き込んでおりました。

https://twitter.com/U40rou/status/1043827764908851200



https://twitter.com/U40rou/status/1048899368269406208



https://twitter.com/U40rou/status/1051444684956946433


これらはほんの一部だけですので、実際にはもっと数多くツイートしまくっております。しかしこのような「うっ憤」をこのブログ上で書いてしまいますと、それこそ3年前のゴミ長州大河の二の舞というか、ブログの内容が大河批判だらけになってしまいますので、この5か月間はブログ上での『西郷どん』批判は封印してきた訳です。




ところで、世間一般における『西郷どん』の評価というのは一体どうなんでしょうか?

私はその事について特別に調査をした訳ではありませんが、おそらく一般的な見方としては、
「つまらない。駄作である。見たいとは思わない」
という意見が大方の所を占めるのではなかろうか?と感じています。

それは「視聴率」という指標で見てもある程度指摘できる事なのでしょうけれども、私は過去に「大河ドラマの視聴率」という言葉を取り上げる際には必ず注意書きをしてきましたように、私は「大河ドラマの視聴率」という要素をあまり重視しておりませんが、それでも少なくとも「一般視聴者」(=大河ファン及び歴史ファン以外)の視聴傾向として見れば、それなりに一つの傾向を示す数字ではあるのでしょう。

そして実際の所『西郷どん』の視聴率は低迷しているようです。

西郷どん視聴率低迷、スカッとする明るさ足りない? 2018年9月3日
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201809010000042.html

NHK大河ドラマ『西郷どん』3年ぶり1ケタ台陥落の危機到来! 2018年08月21日
https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12122-173414/

私自身の考えとしては「大河ドラマの視聴率」という数字が、そのままイコール「実際のドラマの質を表すもの」という考えではありませんが、少なくともNHKの内部の人間、特に現場や下請け企業などの人間からすれば「視聴率」は非常に重要な数字なのだろうと思います。

そしてこの事については、既に私は5か月前の記事の最後の部分で、以下のように結論付けております。
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(以下、一部抜粋して引用)
NHKが2015年には長州吉田松陰を、そして今年2018年には薩摩西郷隆盛を取り上げたというのは、私は偶然ではないと思っています。
(中略)
しかしそれでも薩長大河だから失敗作に終わったんだ』「薩長に対するネガキャン」という最低限の目的をNHKは果たせるのだから、多分それで十分なのでしょう。2015年も2018年も、NHKは全く同じ戦略を採用しています。

成功作を狙って作るのは大変だけど、失敗作を狙って作るのはアホでも出来ますからねw(了)
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この事は、この5か月前の記事だけに限らず、この中でも書いておりますように、私は3年前にも同じ事を既に書いております。
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(以下、一部抜粋して引用)
もう一つは、こんな「誰が見ても究極の駄作」である「江」という大失敗を一度経験しておきながら、全く反省する事もなく、今回再び「花燃ゆ」という「江」の姉妹作のような代物を堂々と出してきたNHKの神経が、実に不思議です。
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まあ今回の「花燃ゆ」に関して言えば、私もここ一ヶ月の記事で書いてますように
『様々なイデオロギー的な事情から、そもそも番組を成功させるつもりも毛頭無いのだから、わざと失敗作を作っているのだろう
という裏事情もある訳でして、
「失敗作こそが成功作」なのでしょう。NHK的には。今回だけは。
しかも楽ですからね、わざと失敗作を作るのは。手を抜けば良いだけの事ですから。(以下略)
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要するに視聴率の事も含めて(ちなみに3年前の『花燃ゆ』も視聴率は大失敗だったが)、元より「成功させる」という意気込みは毛頭なかった訳で、今回のような結果になる事は、少なくとも私にとっては「当然の帰結」として、既に5か月前から分かっていた話です。

もちろん、現場に携わっている人間や下請け企業など、それらの関係者の人々は「なんとかして視聴率が上がるようにしよう!」と努めて、各種キャンペーンを展開するとか、あるいは「ネット上での擁護書き込み」を展開するとか、実際の番組内容とは全く関係の無い所で一生懸命努力はしているようですが(これがまた、そういう書き込みをよく見かけるんだよね。特に「役者は頑張ってる」とか)、まあそんなものは焼け石に水ですね。

そんな無駄な努力をいくらやった所で、大元のNHK本体が、
薩長大河だから失敗作に終わったんだ』
というイデオロギーを優先させて、最初から「失敗作になっても別に構わない」というスタンスなのだから、枝葉の連中が何をどうした所で、そんなもの上手く行くはずがないだろう?という、ただそれだけの話です。




「『西郷どん』は酷いゴミ作品である」という事について、私の個人的な意見としては「全くその通りだ」と何の抵抗も無く言い切る事ができますが、それは私自身が大の幕末マニアであり、また『翔ぶが如く』をちゃんと全話見ているという事も、その理由としてはあるのだと思います。

この『西郷どん』と『翔ぶが如く』との関係性については、既に5か月前の記事で詳しく解説しております。

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実際の所、この『西郷どん』という作品が『翔ぶが如く』のリメイク作品であるという事は、誰がどう見ても疑う余地はありません。

そして、今回の『西郷どん』への見方や評価に関して言えば、
『翔ぶが如く』をちゃんと見た事があるかどうか
という要素は、その見方や評価に大きく関わってくると思います。

おそらく、『翔ぶが如く』をちゃんと見た事が無い、あるいはそもそも幕末の歴史にあまり興味を持ってないとか、そういった視聴者からすれば、今回の『西郷どん』は「単にドラマとして全然面白くない」という、ただそれだけの事に過ぎないものだと思います。

しかし、私のような人間は、そうはいかないのです。そしておそらく多くの鹿児島県民も同様なのだと思います。この『西郷どん』に対して「憤懣やるかたない」という思いを抱いている点では。

なにしろ『西郷どん』で描かれる薩摩隼人は全然カッコ良くありません

西郷(吉之助)のような偽善者とか、信吾(従道)のようなヘタレとか、その他の薩摩隼人も、全くどうでもいいようなチャラい男としてしか、このドラマでは描かれておりません。

28年前の『翔ぶが如く』とは、全く真逆の描き方です。

https://twitter.com/U40rou/status/1053972255229673472


https://twitter.com/U40rou/status/1053974031009906689


https://twitter.com/U40rou/status/1043842495195504640


そりゃまあ、このブログで毎年8月に書いているように、NHKが「戦争を美化する」ような描写をするはずがないというのは当たり前の話なのかも知れないが、だったら最初から幕末の島津兵児の中心的な存在である「薩摩隼人・西郷隆盛を主人公にする」などという「ふざけた選択」をしなければ良いだろう?という話ですわ。
(※「主役は西郷隆盛です」と看板を掲げつつ、中身は全くのホームドラマという羊頭狗肉な詐欺番組で、これなら「主役は松陰の妹です」と、正直に狗肉を並べてた3年前のほうがまだマシだ)

今後NHKは、戦国時代の大河作品で島津義弘の勇猛ぶりとか、その他の島津兵児の奮戦ぶりなどは二度と描かない、という事ですよね?

今回の『西郷どん』では、まるでNHKの8月の放送スタンスのように、「あの島津家中の薩摩隼人」に「戦さは悲惨でおっかないから嫌」みたいなセリフばかりを言わせているのだから。

まあ、こんなバカげた幕末大河であるのだから、幕末ファンは言うまでもなく、一般視聴者だって呆れて見なくなりますわな。言うなれば、島津義弘を主人公にして「戦さは民のためにならないから嫌」みたいなホームドラマ風の話を一年間延々とやれば、そりゃ視聴者だって呆れますわ。

というか、この脚本家が「ホームドラマ」以外全く描く気が無く、男性キャラクターには全く感情移入していない事は(5か月前にも書いたが)ミエミエで、そんな脚本家自身が感情移入してないキャラクターに視聴者が感情を寄せられるはずもなく、そんな作品は「ドラマとして糞以下」というのは「プロのくせにそんな事も分からんのか?」というレベルの話でしょうよ。
(※繰り返すけど元々やる気ゼロなんだから糞以下なのは当たり前だが)




あと、細かな突っ込みを入れておくと、この『西郷どん』が『翔ぶが如く』のリメイク作品である事は上記で書いた通りですが、NHKを含めたメディア全体の雰囲気としては『西郷どん』が『翔ぶが如く』のリメイク作品であるという事を敢えて言及しなかったりとか、『翔ぶが如く』と比較されるのを避けているような雰囲気をひしひしと感じます。

そりゃまあリメイク作品のくせに、元の作品とは全く真逆の方向性のドラマを作っているのだから、「28年前の作品の事など、知らせないに越したことはない」とNHKやメディア関係者がそのように考えるのはある意味当然と言えるでしょう。

しかも5か月前の記事でも書きましたように、
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(以下、一部抜粋して引用)
やはり一番重要なのは、
司馬遼太郎の大河『花神』『翔ぶが如く』に対するアンチテーゼ。更にはその両作品を上書きして消し去りたい
という思惑から来ているのだと思うのです。

もちろん2015年=長州=吉田松陰=『花燃ゆ』も、2018年=薩摩=西郷隆盛=『西郷どん』も、どちらも「まともな大河ドラマではないスイーツ大河」ですから、その上書き足りえたとはとても言えないでしょう。
(以下略)
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『西郷どん』を放送する目的の一つが「『翔ぶが如く』のイメージに上書きをする」という事なのだから、もし視聴者が28年前の『翔ぶが如く』の事を知らない人間であれば、「そのまま知らない状態で、『西郷どん』のイメージだけ脳みそに残して下さいね」と目論むのは当然の話でしょう。



ただし私が不思議に思うのは、この『西郷どん』という作品の中では、結構露骨に『翔ぶが如く』の事を思い出させるようなシーンがある、という事です。まあこれは、『翔ぶが如く』の事を知らない人間にとっては全く意味の無い演出というか表現手法なのですから、当然の話として『翔ぶが如く』の事を知っている人向けに表現されている、という事になる訳ですけど。

それは例えば、「『翔ぶが如く』ではあのように薩摩藩にとって良心的な形で描かれていたけど、実はこんな悲惨な側面もあったのだよ」みたいな形で描かれていたり、あるいは「『翔ぶが如く』で既にあのように描いてしまっているから、全く同じに描いたのではパクリみたいになるから少し変えてみよう」といった表現がしょっちゅう見受けられます。

まあそれらの表現手法はともかくとして、「この場面は『翔ぶが如く』で一度やっているから皆知ってますよね?だからここの表現(例えば時代背景の解説)は省きます」みたいな省略の仕方も時折り見受けられるので、ツイッターなどでしょっちゅう「時代背景を知っている事を前提とした、突然のストーリーの飛躍が多すぎる」といった批判も目立ちます。

しかしそもそも、上記で書いたようにこの脚本家は「ホームドラマ」以外全く描く気が無く、政治劇や歴史描写などには全く関心が無いのだからその点がズサンになるのは当然の事で、ましてや戦闘や戦争の場面なんかは「戦争は悲惨で嫌」という事以外は絶対に書きたくない、という性格にようですから、歴史描写が多少分かりづらくなっても「別にいいじゃん。メインであるホームドラマの部分には関係無いし」といった感覚なんだと思います。



しかしそれらを踏まえた上で私が一番不思議に思うのは、この脚本家が「歴史描写には全然関心が無い」という姿勢であるのは幕末ファンであれば皆分かっている事でしょうけど、にもかかわらず稀に、結構マニアックな歴史描写を挿入してきたり(もちろん磯田氏とかの歴史考証家の助言なのだろうが)、あるいは『翔ぶが如く』で描かれていた歴史描写を、最近の潮流である歴史描写に修正したりしている場面が時々見受けられるという事です。

なんと言いますか、ネット上のいろんなサイトで「『西郷どん』のこの歴史描写がおかしい。だから『西郷どん』はダメな作品なのだ」という批判を見かける事があるのですが、私はあまりそういった批判には意味が無いと思っています。

もちろんそういった批判はあっても良いのですが、そもそも一般の視聴者は細かな歴史の知識なんて知ってるはずもないでしょうし、更に言えば「司馬遼太郎的な歴史描写」を史実としてそのまま受け取ってしまう人だって(良し悪しは別として)少なくありません。

何を言いたいのか?と言いますと、先ほど書きましたようにそもそも『西郷どん』の脚本家は「歴史描写には全然関心が無い」のですから、その人が書いた脚本に対して、部分的に歴史描写の不備を示して「ここがおかしい。あそこがおかしい」などと批判した所で無意味だと思うのです。

こんな話は、もっとシンプルに一言で済む話でしょう。
「この脚本家は歴史に全然興味が無いよね」と。

そんな脚本家に対して一つ一つ事例を示して歴史描写の不備を指摘した所で、一体何の意味があるのか?という話ですよ。

本当に指摘すべきは、歴史に全然興味が無い脚本家のくせに、稀に結構マニアックな歴史描写を挿入してきたり、あるいは最近の潮流である歴史描写に修正したり、
全くもって無意味で滑稽な歴史描写スタンスだよね
という事で、これこそ私が以前からずっと不思議に感じている点なのです。




さて、最後に、冒頭で書きましたようにサトウとウィリスの話もしないと、今回の話にオチがつけられませんよね。

https://twitter.com/U40rou/status/1043823087538528256


この『西郷どん』では第33話で、パークスが薩摩へ訪問した際の通訳として、また第34話では西郷との個人的な面談の場面で、サトウは登場していました。

第33話のほうでは一応松木弘安(寺島宗則)も通訳として出てたようですが、オープニングのキャスティングテロップを見てないと「それがサトウと松木である」という事が分からない、といった程度の扱われ方でした。
(※ちなみにツイッターでは詳しく書いたが、史実ではサトウはパークスの薩摩訪問には同行していない。ウィリスは同行してたけど)

そして第34話のほうではナレーションで「西郷はサトウと対面しました」みたいな事を語っていたので、この場面では一応重要なキャラとして扱われており、これは『翔ぶが如く』の扱いとほとんど同じと言えるでしょう。

ただしこの『西郷どん』では、サトウに「これはあくまで噂ですが、フランスは(幕府への軍事援助の)見返りに薩摩を領地として要求している」などと言わせるというバカバカしい捏造と言うか「幕末作品の脚本としてはセンスゼロ」としか言いようがない脚色をやってくれてましたけどね。

<『西郷どん』第34話のサトウと西郷の場面>
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<参考までに『翔ぶが如く』でのサトウと西郷の場面>
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そしてウィリスの方はと言うと、第36話で鳥羽伏見の戦いで負傷した西郷信吾の治療をする外国人医師として、まあこれは一応史実準拠ではありますが(と言うか、この『西郷どん』では、あろう事か大山巌の存在を抹殺してるので、その点では史実準拠とは言い難いが)私が知る限りにおいては、おそらくウィリアム・ウィリスの大河初登場という事になるのでしょう。

<『西郷どん』第36話のウィリスの場面>
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まあ、こんなゴミみたいな大河に登場した所で何の感慨もありませんけど。

ちなみに上記のツイッターで書いておりますように、サトウとウィリスは近々描かれる予定の西南戦争にも多少関わってはいますけど、まあそんな話はサトウやウィリスに興味を抱いている人であれば当然、萩原延壽先生の『遠い崖』の13巻「西南戦争」を読んでおられるでしょうから、ここでは敢えて記しません。

この二人が今後『西郷どん』で登場する可能性は低いでしょうし、そして何よりも今回の記事がちょっと長くなり過ぎた、という事もありますので、今回はここまでにしたいと思います。
(※しかしそれにしても、幕末時代の描写ですら「戦争は悲惨で嫌」が信条であるこの脚本家に、西南戦争をどうやって描かせるつもりなんだろうか?いや、実際既にどん底の評価しかない『西郷どん』がこの先どれだけトチ狂った話になった所で知ったこっちゃないから「好きにやってくれ」という感じなのだが)(了)

【以下、テンプレート解説】このブログで使っている言葉の定義について
<“左翼”ではなくて“サヨク”>
今の日本で“左派”と呼ばれている連中は、本来の意味での“左翼”ではなくて、単なる「憲法9条的な戦後サヨク」といった意味合いの物でしかないので(しかし今の日本で彼らは“左翼”ではなくて“主流派”である)、私は“左翼”ではなくて“サヨク”という言葉を使っている。

<“保守”ではなくて“いわゆる保守”>
先の大戦の敗北によって従来の価値観をほぼリセットされた戦後の日本では、真に“保守”すべき日本の国柄は既にほとんど失われている。また今の日本で「独立自尊」「自主憲法の制定」を唱えるのは“保守派”ではなくて“改革派である。それ故に一番相応しい呼称は“反サヨク”と呼称すべきだがそれでは「通りが悪い」ので、私は“いわゆる保守”という言葉を使っている。

「戦前の価値観」を知っている日本人がまだ数多く存命していた昭和の終わりまでは“保守”も“左翼”もある程度は字義通り通用していたのかも知れないが、戦後の日本しか知らない日本人が大半を占める今の日本社会では「かつての字義はほとんど通用しなくなっている」という事である。

※過去に何度か誤読されたり、こういった説明をする必要に迫られた事があるので、テンプレートとしてここに明示しておく。

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2リンク3リンク4
(※NHK受信契約訴訟の最高裁判決(平成29年12月6日)に関する記事)
「NHK受信契約訴訟・最高裁判決」から私が考えた事(2017/12/9)

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには潤沢な資金(税金)があり、更には「映像や音声で直接感覚に訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合、それが至上命令となっておりやり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが3.11以降に垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク1リンク2

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク1リンク2

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「民進党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(了)

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