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処士策論

「処士」(しょし)とは、仕官していない人、民間の人、在野の人のこと

“国葬儀”当日の体験談。さらに伊藤博文と山県有朋のこと

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先日ツイッターで書きましたとおり、今回は「国葬儀」(以下、国葬と記述)当日に私の職場で体験した話を書きます。

ちなみに国葬当日、私は多忙につき、葬儀会場へ行くのはもちろん不可能で、仕事の合間にTVでチラチラと報道を眺めていた程度です。

実際の国葬の様子は、本日さきほど、ようやくyoutubeの動画で拝見しました。

ただ、その前から私はyoutubeの保守系動画などで、
「菅義偉前首相の弔辞」
の話を耳にしており、その中で、
「伊藤博文と山県有朋」
の話があったとのことで、その内容を動画で実際に確認してみると、安倍さんが最後に読んでいた本が岡義武の著作『山県有朋』(岩波新書)で、そこに書かれている「かたりあひて 尽しし人は先だちぬ 今より後の世をいかにせむ」の歌を菅さんが紹介していました。

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まったく奇遇な話、と言うしかない。


7月に、安倍さんが亡くなった直後に私が書いた記事、

伊藤博文は憲法を作った。安倍晋三は憲法を取り戻したかった。どちらも長州人(2022/7/9)

この中で私は、たまたま「伊藤と山県」の話に触れていたのです。

(以下、引用)
初代内閣総理大臣・伊藤博文は長州人です。
そして安倍晋三氏も長州人です。
有名な話なのでご存知の方も多いと思いますが、安倍さんの「晋三」の晋は、高杉晋作から取ったと聞いています。

伊藤博文は高杉晋作の親友であり子分でもありました。
安倍さんは同郷の伊藤博文のことをかなり意識していたのではないでしょうか。私はその点、詳しくは知りませんが。
(中略)
が、それはともかく、安倍さんと伊藤博文について、です。

周知のように、戦前の「大日本帝国憲法(明治憲法)」は伊藤博文が作りました。
と言っては言い過ぎかも知れませんが、少なくともこの憲法のディレクター(監督)が伊藤であるのは歴史的事実ですから、そう申しても過言ではないでしょう。

日本人の手によって作られた日本初の憲法は、長州人である伊藤博文が作ったのです。

そして同じ長州人である安倍晋三氏は、現在の「占領憲法(日本国憲法)」を改正して、なるべく「日本人の手による憲法」に近づけようと努力していました。それは私も率直に評価しておりますし、日本国民もそれを認めてあげるべきだと思います。

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安倍さんと伊藤博文は、
「憲法に大きなこだわりがある」
という点でかなり共通しています。

また安倍さんは首相の在位日数が歴代最長(第一位)ですが、伊藤博文は第四位です。
ちなみに伊藤は三回総理大臣の職についており、安倍さんがもし亡くならずに三回目の総理に就任していれば、この点でも伊藤と並ぶことになっていたのです。

やはり安倍さんと伊藤博文には、共通点がいろいろとありますね。

極めつけは、あまり言いたくない話ではありますが、
どちらも凶弾に斃れた
という点です。

享年は安倍さんが67歳で、伊藤は68歳(数え年では69)です。
昔と違って今は平均寿命も長いですから、安倍さんは伊藤ほど「老人」という印象はありませんけどね。


余談を一つ付け加えますと、伊藤がハルピンで暗殺された際に、同じ長州人(しかも同じ松下村塾生)で伊藤と長くつきあっていた山県有朋は、
「伊藤という人間はどこまでも幸運な人間だった。死にどころを得た点においては、自分は武人として羨ましく思う」
と述べていたそうです。
武人の山県としては「畳の上で死ぬ」よりは、伊藤の死が「英雄的」に見えたのでしょう。

まあ、今こんな話をするのは少々不謹慎ではありましょうが、歴史の一面として、一応ご紹介しました。
なにしろ今は時代も違いますからね。
そんな風に考える人間なんて、おそらく誰もいないでしょう。


ともかくも、故人の遺志に沿うためにも、残された我々は「憲法改正」に真摯に取り組まねばなりません。

そう思って、本日、私は投票所へ足を運んだのです。

謹んでご冥福をお祈りいたします。
(以下略)


このとき私が引用した、
>「伊藤という人間はどこまでも幸運な人間だった。死にどころを得た点においては、自分は武人として羨ましく思う」
というのは、まさに安倍さんが最後に読んでいたページ、つまり、
岡義武の『山県有朋』(岩波新書)の108ページ
から引用したものだったのです。

山県の発言を取り出すにあたり、たまたま身近な本棚にあったのが、この岡義武の『山県有朋』だったものですから。

このページを完全に引用すると、次のようになります。

(以下、引用)
山県はこの凶報に接して、驚愕するとともに、松下村塾の昔以来五十年にわたる交友の跡を回想し、また過去の日の伊藤とのかずかずの政治的交渉を思いうかべて、感慨に沈んだ。「かたりあひて 尽しし人は先だちぬ 今より後の世をいかにせむ」。これは、伊藤の死を悼んだ彼の歌である。彼はまた身近のひとびとに、伊藤という人間はどこまでも幸運な人間だった。死所をえた点においては自分は武人として羨ましく思う、とも述懐した。


赤文字で書いた前者の部分を引用したのが菅義偉氏で、後者の部分を引用したのがだった、ということです。
(※ちなみに私が、素人ながらも幕末の研究家であることは過去に何度も書いた事です)

私は菅さんのような人格者ではありませんから、そういった感動的な部分には頭が回らず、後者のような部分を選んでしまったわけですがw

ともかくも、安倍さんが死んだ直後に私が連想した想いと、安倍さんが最後に読んでいた文章が同じだったというのは、なんとも因縁めいたものを感じてしまいます。

まあ単なる偶然に過ぎない話でしょうけどね。





では、国葬当日に書いたツイートの話に移りましょう。

ただ、その前に誤字を指摘しておきます。
急いで書いたので肝心な部分で誤字をやらかしてしまいました。
×「TVがテロリストの言い分を擁護するな報道ばかりやったから」
○「TVがテロリストの言い分を擁護するような報道ばかりやったから」



このツイートの部分については、後でブログの文章にしてちゃんと書き改めます。

が、その前に。
前日書いたツイートも、一応ここに転載しておきます。






では、国葬当日に書いたツイートの話を、以下に清書して書き改めます。

--------------------------

今日、会社で口論になってしまった。
昨日書いた「彼ら」の部署とは別の部署で。
だからこそ、私も油断して思わず口がすべってしまった。
思わぬところに「アベは殺されて当たり前だ」という人が更にいて、私も面くらってしまった。

朝から外出していた社員が外から戻って来て、
「都心の道路は警察官が一杯いて、まったく物々しい状態だった」
と言った。
それを受けて私も言った。
「警察は奈良で一度失敗してるから、今日は警察の威信にかけて、厳重に警戒するでしょうね」
すると脇にいたAさんという年配の社員が、
「今日の国葬も、何か事故でも起きりゃあ面白えんだけどな」
と、その職分に似合わない不謹慎なことを言った。
そのAさんは「人々の安全をはかる仕事」に就いているのである。

そこで私が、
「でもテレビがテロリストの主張を擁護するような報道ばかりやったから、今日あたり模倣犯が出るかもしれないし、警察も大変でしょうね」
と、うっかり言ってしまったところ、そのAさんはムキになって次のように反論した。
「そんな(模倣犯のような)奴が出るかよ。あれは相手がアベだったからヤッたんだろ。お前の考え方はおかしいよ。かなり世間とズレてるぞ」
「しかし、人の葬儀を邪魔しようとしている、あの抗議団体もちょっとどうかと思いますが…」
「バカ。アベの葬式はとっくに終わってんだよ。今日のは葬式じゃねえんだよ。そんなものに税金を投入するのが許せないから、あの人たちは自腹で集まって抗議しているんだろう?お前、なに勘違いしてんだよ?」
「いや、そういう事を言ってるんじゃなくて、反対している人たちの言う事を聞き入れるという事は、テロリストの主張(すなわち「統一教会が悪い」という主張)を受け入れるという事でしょう。だったらそれを真似して、自分もあのテロリストと同じように、テロを起こせば自分の主張が世間に受け入れられるかもしれないと勘違いする奴が出てくるかもしれない、という事です」
「だからあれは相手がアベだからヤッたって言ってるじゃねえか。他に誰を殺すっていうんだよ?」
「世間の注目を集めるためなら別に誰でも良いでしょう、テロリストにとっては。それに、そもそも葬儀を大々的に邪魔している時点で「日本はテロリストの主張を認めるのか?」と世界からおかしな目で見られているのに、今日もしテロリストの真似をして、外国人が大勢来ている目の前で、またテロでも起きたらそれこそ、さらに海外に恥をさらす事になるからカンベンしてくれ、と言ってるだけです」

政治にうとい人々は「海外の目」や「外交」といったことを意識することは、まずない。
また「テロリストの主張を擁護するのか?」といった視点も、TVではほとんど触れない話であろう。

それゆえ、私からそういった話が出た段階でAさんは「何か話が嚙み合わない」と思ったらしい。
「まあ、俺はそんな話はどうでもいいや」
と、話はそれっきりになった。

Aさんの表情から察するに「少しは納得した」という感じもしなくはないのだが、多分それは私の思い過ごしだろう。
彼は年齢が六十半ばで、別に思想が左というわけでもなく、学歴は高くないとはいえ物事を理解する能力を欠いているわけでもなく、政治への関心は薄いが自分の生活、すなわち家庭と仕事に一途なだけの一般的な「善男善女」である。

彼が私に反論するのをやめたのは、私の言い分に納得したのか、単に私の事を気持ち悪いと思っただけか、あるいは私を統一教会の一員と勘違いしてかかわりを恐れたのか、その辺は不明だが、そのあと普通の仕事の間柄に戻った。



まったくヤレヤレといったところである。

政治家(特に自民党の政治家)とマスゴミがちゃんと国民に説明しないから、世の中こんな人たちであふれている。

葬儀終了後、保守系の動画サイトでは、
「国葬については国論が二分されていると左派系メディア(特に朝日・毎日(TBS)・東京・NHK)は言っているが、国葬当日の様子を見れば、国葬反対は少数派に過ぎない」
と言っているのをよく見かける。

私の個人的な感覚では、それが少数派であるとは、まったく感じられない。
(※確かに実際に国葬の様子を動画で見れば、私のような「いわゆる保守系」に属する人間は素直に亡くなった安倍さんに対して涙を流すが、「彼ら」は多分、そんな動画に触れることさえしないだろう。あいも変わらず、TBSを筆頭とした狂った地上波しか見ないと思う)

--------------------------

以上です。
当日、私が感じたことは。


やはりTVによる「洗脳」って恐ろしいね。

こんな思いを抱いたのは、これで二度目です。

一度目は、3.11の時の反原発・放射能」洗脳です。
これにはNHKが絶大な影響力を発揮しました。
ということを私はこのブログで十年以上書いてきました

もう圧倒的。
ひたすら圧倒的なNHKによる「反原発・放射能」プロパガンダが3.11以降、何年間も国民に向けてダダ漏れ状態となっていました。

最近「あの岸田」によってその洗脳が少しだけ解けつつあるというのは、多少皮肉な話と言えるかもしれません。
(※この話はいずれまた改めて書くことになるだろう)


でもねえ。
洗脳が解除されるのに「十年以上」かかってるんですよ?
あの反原発・放射能プロパガンダに関しては。
私はこのブログで十年以上ずっと正しいことを述べていたのに、それが正しかったと認められるまでには、これほど多大な時間を浪費しているのです。



今回の「安倍さん暗殺」にまつわる「統一教会」報道も、反原発の時ほど長いスパンで「集中攻撃」があったわけではありませんが、「全マスゴミ一斉に」という部分だけをとらえて言えば、あの反原発のとき同様、凄まじいものがありました。

それゆえ私の身近にも、モロに「洗脳」をくらった人々がゴロゴロと転がっているわけです。



今回の「洗脳」が解けるには、一体どれぐらいの時間がかかるのかねえ?




【以下、テンプレート解説】このブログで使っている言葉の定義について
<“左翼”ではなくて“サヨク”>
今の日本で“左派”と呼ばれている連中は、本来の意味での“左翼”ではなくて、単なる「憲法9条的な戦後サヨク」といった意味合いの物でしかないので(しかし今の日本で彼らは“左翼”ではなくて“主流派”である)、私は“左翼”ではなくて“サヨク”という言葉を使っている。

<“保守”ではなくて“いわゆる保守”>
先の大戦の敗北によって従来の価値観をほぼリセットされた戦後の日本では、真に“保守”すべき日本の国柄は既にほとんど失われている。また今の日本で「独立自尊」「自主憲法の制定」を唱えるのは“保守派”ではなくて“改革派である。それ故に一番相応しい呼称は“反サヨク”と呼称すべきだがそれでは「通りが悪い」ので、私は“いわゆる保守”という言葉を使っている。

「戦前の価値観」を知っている日本人がまだ数多く存命していた昭和の終わりまでは“保守”も“左翼”もある程度は字義通り通用していたのかも知れないが、戦後の日本しか知らない日本人が大半を占める今の日本社会では「かつての字義はほとんど通用しなくなっている」という事である。

※過去に何度か誤読されたり、こういった説明をする必要に迫られた事があるので、テンプレートとしてここに明示しておく。

「NHK解体」に関するまとめ(十例)

(1) 日本の公共放送であるにもかかわらず、「自立国家・日本」が主張すべき意見を封殺し、しかも運営資金のほとんどを日本人が負担しているのに、中国・朝鮮、又は旧GHQ(特に米国の立場を優先するような番組しか制作しない。 リンク1リンク2

(2) 受信料制度に様々な不備があり、甚だ公平性を欠いている。また「国営なのか?非国営なのか?」という点も不明瞭である。「国営放送局の新規創設」「民営化」「スクランブル化及びペイパービュー」などが検討されて然るべきである。 リンク1リンク2リンク3リンク4
(※NHK受信契約訴訟の最高裁判決(平成29年12月6日)に関する記事)
「NHK受信契約訴訟・最高裁判決」から私が考えた事(2017/12/9)

(3) 局の政治的及び思想的スタンスが左側の言論に偏っている。「いわゆる保守系」の言論人はほとんどNHKの番組から排除されている。 リンク1リンク2

(4) 昔はともかく、現在では朝日新聞よりもNHKのほうが害が大きい。朝日は儲からなくなれば方針転換を余儀なくされ、また新聞業界自体が斜陽産業である。一方NHKには潤沢な資金(税金)があり、更には「映像や音声で直接感覚に訴える」という高いプロパガンダ能力もある。 リンク1リンク2

(5) 「弱者・被害者」報道は公共放送として、もちろんあって然るべきだが<言葉狩り><論点ずらし><自己保身><イデオロギー闘争>に利用する為にNHKの場合、それが至上命令となっておりやり過ぎである。 リンク1リンク2

(6) NHKの原発報道は「反原発」一色で、「原発再稼働」側の意見は皆無に等しい。現在多くの国民が患っている「原発アレルギー」は、NHKが3.11以降に垂れ流してきた“音声”と“映像”によって作り上げられた、と言っても過言ではない。 リンク1リンク2リンク3拙ブログの「反原発」関連カテゴリへのリンク

(7) 外部の識者による「討論番組」が異常に少ない。「国民にオープンな討論番組を見せる」という姿勢が甚だ欠如しており公共放送として失格であり、また民主主義(選挙制度)の観点から見ても失格である。 リンク1リンク2

(8) 「表現の自由」を盾に一切の干渉を排除し、リベラル知識人特有の「上から目線(=「国民は愚民」という意識)」も強烈で、公共放送の在り方や番組の内容について「国民にアンケートを採る」という事を一切しようともせず、非常に独善的であるリンク1リンク2

(9) 「JAPANデビュー反日台湾番組」や「佐村河内のヤラセ番組」等、非常に問題のある番組を数多く放送してきたが、責任を全く感じていない。 リンク1リンク2

(10) 一般のマスメディアで取り上げられる事はほとんどないが、NHK職員の不祥事は異常に多い。また公共の受信料で成り立つ放送局としては職員の待遇がお手盛り過ぎるという問題もある。 リンク1リンク2


その他にも、NHKが制作してきた数多くの「媚中番組」「韓国・朝鮮人擁護番組(ヘイト関連含む)」「旧民主党・旧民進党擁護番組」等の問題、また近年急速に内容が劣化している「NHK大河ドラマ」の問題などもありますが、それらは上記から割愛しました。

【結論】NHKを解体して、国民にとって必要最低限の事を放送する国営放送局を立ち上げ、残りは民営化すべし。(了)

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